ちゃぷんと天井から滴り落ちた雫が、湯船に入った。それを耳で聞いていた名前は、ああここは風呂かと思い出した。
はぁはぁと浅い息を繰り返す名前に、そのすぐ後ろにいるスパンダムはするりと名前の手を握った。
そして丁度口元に名前のうなじに唇をあて、ツーと滑るようにしてなぞった。
「っん……ちょっと」
「……黙ってろ」
肩口で止まったスパンダムの唇はそこに啄むようなキスをした。そして小さく何故かため息を溢した。
「スパンダム?」
「……お前、明日から半年の任務だろ?」
「ええ。その任務を命じたのはあなたよ、スパンダム」
「知ってる」
呼吸が整って話し出したのは、CP9としての任務の話し。
「でもやっぱり行かせたくねェ」
「この任務を撤回してくれるなら、私は大歓迎よ」
「出来る訳がねェ……」
「そうね」
一旦そこで会話を止めると名前は、くるりと反転し、スパンダムと向き合う形になった。
「ねぇ、スパンダム。もうこの話しやめない?」
「……」
猫のように目を細め、甘えた声を出した名前は、未だ握られた手を離しそれをスパンダムの濡れた髪へと絡めた。
「お話し、しましょ?」
「話しって……」
「そうよ。あ、この前あなたが食べたいって言ってたの、あるでしょ? 私作って来たのよ」
「この前……? ああ、あれか。って作ったって、本当か?」
「ええ、本当よ。ちゃんと練習してきたもの。味は保証するわ」
その後も本当に名前達は飽きることなく話し続け、お風呂に入っているにも関わらず、逆に体が冷えてしまった。
二人の他愛のないことを話している姿は、闇という黒々しいものとはかけ離れた恋人同士で、だがそれはまるで明日の“任務”というものから逃げるようなものだった。
「あ、……美味いな」
「ふふふ、当たり前でしよ? 結構気合い入れたのよ」
「……そうかよ」
テーブルで向き合う二人の目には“離れたくない”という感情が溢れ出そうだ。
「……スパンダム」
「あ?」
「好きよ、……愛してる」
「知ってる、……おれも愛してる、名前」
でもそれを言わす、変わりにこの言葉たちでそれを互いに伝え合う。
端から見ているだけでは彼らはただの恋人同士だが、本人達は言えない何かをいつも互いに目で語らう。
歯痒い、苦しいと思いながらも、これでいいと納得している自分がいる。
「名前」
「ん?」
「次は、これが食いてェ」
パッとスパンダムが指差した先は、名前が出しっぱなしにしていた料理本の表紙だ。
「あれ? ……ええ。分かったわ、次もあなたに美味しいって言ってもらえるように頑張るわね」
「ふ、楽しみにしてるよ」
名前は彼の目を見て次の約束をした。
スパンダムとまた会えるのは半年後だ。彼は半年後に絶対戻って来てこれを食べさせろと言っているのだ。
なんとも彼らしい言い方だが、彼ら二人にはこの回りくどいやり方が一番合っているようで。
「それより、おかわりあるか?」
「ええ、あるわ。ちょっと待っててね」
そう言って名前は空になったお皿を持ちキッチンに向かった。
二人の顔は先程より一段明るくなり、スパンダムは名前の背中を和らいだ目で見つめ、名前はお皿に彼の事を思いながらか優しく綺麗に盛った。
-END-