平和に行きましょう。

言葉と感覚


 彼の手はあったかい。
 何故だろう。
 ふわりと握られたその手はどこまでも愛おしかった。







 ことの始まりは些細なこと。
 私たちは恋人でも、所謂普通の恋人ではない。それが彼の中で引っかかっていたのか、彼は私の手を握ろうとしない。抱きしめるなんて以ての外、キスなんてそれよりもっとハードルが高い。最初彼に私から気持ちを伝えた時も、彼は「ありがとうございます」ただそう言って私の頭を2度撫で「わたしは幸せ者ですネ。ヨホ」と言って、最後に彼からの素敵な気持ちを伝えてくれた。

 それが最後で、そこからなにもなくただ隣で仲間としては距離が近い程度に寄り添うだけで、手が触れ合うことはなかった。

 今日も今日とて、穏やかな波をバックミュージックに、船番を2人して買って出るとクルーから冷やかされるものんびりと芝生の上で寄り添っている。

 そんな中私は人生彼より半分以下程度しか生きていないが、それでも人の手に触れたい。とここまで思ったことはないと思う。そう隣の彼を想いモヤモヤしていた。


「ねぇ、ブルック?」
「はい?」

 だからかも知れない。焦らされているようで、意地悪をされているようでもどかしく苦しくて、自分でも驚く程にするりとそんな言葉が出た。

「私ってそんな魅力ない?」
「……はい?」

 いつもテンションの高い彼が珍しく困惑した様子でこちらを見つめるものだから、言葉を出した本人である私が顔を上げることをやめうつむいて、言い訳がましく早口で続きを話してしまう。

「え、あ。い、いや! だってさ私たち付き合ってるんだよね? だけど1回も手繋いだことないし私はもっといっぱいくっつきたいし手も繋ぎたいし、それに……」
「……それに? なんです?」

 ぶわりと顔から熱が出たような感覚に連鎖したように心臓もうるさくて、彼の声が柔らかく少し楽しんでいるようだと気づかなかった。

「っそ、それに……。もっ、……と」
「もっと? 名前さんはどうしたいのですか?」

 はたりとそこで彼から「ヨホ」と笑い声が洩れ下げていた頭をばさりと上げると、何故か彼が楽しそうにしているものだから、こちらの方が困惑してしまう。

「な、なんで? 真剣なんだけど……」
「ヨホホ。申し訳ありません。名前さんがそこまで想ってくださっていたとは知らず。わたし死んで骨だけですけど、ドッキドキしましたァ!」
「え? そこなの?!」

 今の状況で何故喜べる。

「……ちゃんと答えてよ」

 彼はヨホホと楽しそうな笑い声を上げるものだから、私は先程の勢いは何処へやら少しむくれた顔でそう言うと、楽しそうな彼は佇まいを正して向き直ってくれた。

「失礼しました。ヨホッ。……まず最初に言いますが、名前さんはとっても魅力的な女性です」
「あ、ありがとう」
「いえ、事実ですから。……だからですね触れられないのは」
「どういう意味?」

 よく分からず彼を見つめていると、やや俯き加減でハットを直すと「壊れるかもしれない」そう小さく呟いた。

「え?」
「あなたはまだ若い。それでもわたしを恋人と
言ってくださる。それが……年甲斐もなく嬉しくて」
「だったら!」
「だからなんです」
「……」

 彼の声が苦しそうに聞こえ、その苦しみが伝染したように私たち2人は黙り込んでしまった。

「……今のわたしでは、貴女を壊してしまう」
「壊れる……?」

 やっと彼の声が聞こえたと思うと、それは不思議な言葉だった。

「ええ。……ええ、壊してしまうほど愛しておりますので」
「ッ! ……き、急に」

 不思議な言葉は私たちに幸せな苦しみを与え、暫く優しい空気を漂わせた。

「名前さん」
「な、なに?」
「……貴女は本当に美しい」
「え。あ、ありがとう」

 普段とは声のトーンや振る舞いが全く違うものだから、恥ずかしくなりまた視線を下げようとすると。

「壊さないようしなければ。ですネ。ヨホホ」
「はい? どういう意味?」

 雰囲気が急展開し、それに追いついてない私に「ヨホホ」と楽しそうに笑う彼に釣られて一緒になって笑っていると。

「名前さん、愛しています」
「うん。わ、私もあ、いして……」

 優しく言葉を交わしているその間に、なんの前触れもなくそれはされた。

「ズルくない?」
「ヨホホッ! 楽しいですネ名前さん」
「ふふふ、そうだね」

 ふわりと優しく包まれた私の手を見て、心まであったかくなったのは何故だろう。
 不思議な感覚の中、どこまでも優しい彼が愛おしかった。

「あ! 名前さん。もっと、の続きもまたしましょうネ」
「お、覚えてたの?」
「もちろんです!」

 変な言い方するんじゃなかったと。若干後悔しながら先程よりもっとあったかくなった手を握り返した。



-END-

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