I know him only by name.

 コツコツと何人もの足音が響くこの長い廊下で、私はまた取り囲まれるようにしてどこかへ連れて行かれていた。
 少し前を行く正義のコートを羽織った男性は、こちらを見ることなく真っ直ぐ進んで行く。その後ろ姿を見ながら私は、先程の会話を思い出していた。



 それはあの部屋を出て少しした時のことだ。
 部屋に入る時と同じように取り囲まれた私は、このぐるぐると変わる状況に頭が整理できておず、ただただ目の前の男性に着いて行くだけだった。

『#name1#くん……っと言ったね、確か』
『……え? ああ、はい。そうですけど』

 急に声をかけられ返事が遅れた。その時一瞬自分の声が裏返ったのが分かった。

『そうか』
『……?』
『君を最初に見つけた男の名前、知っているかね? #name1#くん』
『え? あ、っと……確か、ス、スパ……なんとかさんでしたよね?』
『……。ああ、スパンダムという』

 また嘘をついた。ここに来てから私は幾つ嘘をついただろうか。多分数える位だと思うが、何故かそれらが全てバレているのではないかと思ってしまう。それほどこの周りにいる人達、若しくはこの目の前の男性から発せられる威圧感があって、押し潰されそうだ。

『あ、あの……。その方が、なにか』
『君の保護監視人だ』
『え?』
『さっきも部屋で話した通り、君は我々の元で保護及び監視される身になった。その監視人が彼だ』
『か、監視……に、ん』
『因みに彼は今、ある事情で自由に動けない身体になっているので、何かあった時の保護監視責任者は私だ』
『え? あなたが?』
『ああ、そういう事だ』
『わ、かりました。ありがとうございます』

 自分の知らない所でこんなに話が進んでいたのかと正直吃驚した。
 周りにいる人達は何一つ驚いた顔をせず、キリッとした表情で前を向き歩いていた。私だけが知らされず、ただ流されるままに「はいはい」と着いてきてるに違いない。
 そう思うと自分がとても情けなく思えたが、つい数時間前までいた世界でもそうやって生きてきたのだから大丈夫だと、根拠もなくそう思い直すことにした。





 はっと気付いた時には目の前に扉があった。それは病室の扉のような感じだった。

「……。この部屋に彼がいる」
「え? かれ……。ああ、はい」

 いつの間にこちらを向いたのか男性がそう言ったので、先ほどまで飛ばしていた思考を元に戻し、一瞬分からなかったが『彼』を理解しそう返事した。

 私が返事をすると、男性はほんの少し間を置いて扉をスライドさせ、それを開けた。
 男性の背中越しに見えたその先には、病室とはかけ離れそこはホテルの一室のような場所だった。

「こちらだ」
「あ、はい」

 その部屋へ足を踏み入れた私は、未だに手枷を嵌められたままというなんとも場違いな格好だった。

「後程この部屋内を見てくれて構わないので、今は早くこちらへ来てくれないか?」
「へ? あ! ごめんなさい」

 キョロキョロと辺りを見回していた私に男性はそう声をかけた。私を取り囲んでいた人達も早くしろという顔でこちらを見ていたので、転ばぬよう小走りで男性の後ろへ行った。
 そしてそこは、シンプルな部屋と同じようなベッドルームで本当にホテルのような場所だった。

「スパンダムくん、もう知っている件だと思うが……」
「ええ、まァ……」

 やっと男性に追い付いてそこに立てば、あの紫色の髪をした彼に会った。
 ベッドに横になっている彼の身体は、私自身誰にも話していないが何故そうなったのか知っていることだが、だが目の前で見ると予想外に酷い状態に一瞬眉を寄せてしまった。

 そしてベッドの横にあるサイドテーブルからチラリと見えた灰皿から、何か紙のようなモノを燃やした後があった。多分あれは私に関することなのだろう。

「そうか……。すまないな、今の君に」
「いえ、……」
「……ここにいるのが、その彼女だ」

 男性が半歩横にずれ、私を紹介するようにした。
 なので私達はバチリと視線が合い、あの船の時と同じように向かい合う形になっていた。

「……。っあの! #name2# #name1#です!」
「あ、ああ、そうか。……ス、スパンダムだ」

 互いの名前を口にした後は何を言っていいのか分からず、口をパクパクさせて終わった。

「では、我々はもう行こう」
「……ご苦労様でした」

 私の横にいた男性はくるりと向き、バサリとコートをはためかせるとそう言い歩きだした。

「え?」
「君はここにいなさい」
「へ?」
「今日からここで過ごしてもらう。その為の保護監視だ」

 そうやや冷たく言われ、ずっと嵌められたままだった手枷を取り外された。

「……」

 自由になって軽くなった手を見つめながら、これから自分がどうなるのか途方もない不安に駆られた。

「では、我々も失礼します」
「ああ」

 私の手枷を取り外した男性が、スパンダムさんに敬礼をするとキビキビとした動きでこの部屋から出ていった。
 残ったのは私とスパンダムさん、そして多分呼び出し用なのかでんでん虫ならぬ電伝虫がいた。

「おい……」
「あ、はい。私ですか?」
「他に誰がいんだよ……」
「そうですよね。……それで、何か?」
「コーヒー」
「……え?」

 ベッドの真ん前ですっ立ったまま、一瞬固まった。

「コーヒーだよ」
「は、はあ」

 若干首を傾げながら歩きだした。入って来た時キョロキョロと見ていたせいで大まかの間取りが分かったので、簡易キッチンまではそれほど迷わず行けた。
 だが、ひとつ思うのが。

「どうやってコーヒー飲むの?」

 その私の呟きは病室とは程遠い、この部屋の高級そうな壁に吸い込まれていった。



...to be continue,


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