優しいひと


やってしまった。
入社してから約1年が経つが、まさかこんな単純な入力ミスで周りに迷惑をかけるなんて思わなかった。
次からは気をつけよう....次からは、と頭の中でなんども繰り返す。
けど、

(なんでこんな簡単なことが出来ないんだよ!!)

先輩の言葉が頭から離れない。
私がわるい。わかってる。わかってるのに、。怒られて当然なのに....自分が情けないや何やらで涙がじわりと浮かんでくる。

「くらくん、....?」

廊下に立ったまま、しばらく立ち尽くしていた私に後ろから誰かが声をかけてきた。チラリと確認すると、それは同じ課の先輩の吉良さんだった。



吉良吉影は困惑していた。
たまたま目の前にいた新入社員の女子の名前を呼んでしまったからか、彼女は思いっきり自分を見つめていた。
それも今にも泣きそうな顔で、だ。

「(困ったな...入り口に立たれると迷惑なんだが、はっきり言うのも...)」

吉良はそれとなくくらの横をすり抜け、「失礼」と短く言ってから扉を開けようとした。
だがどういうわけかそれをくらが引き止める。

「昨夜はすみません...、でした...。吉良さんがフォローして、くださったって先輩が、」

「あ、ああ...でも、あれはほとんど私じゃなくて...同僚がね、...」

「....え?」

「...彼が夜中まで残ってやったんじゃないか?今朝には全て、修正されたものがデータにあったよ」

くらは目を見開いた。
自分はつい先ほどまでは、先輩に怒られたことばかり気にしていた。
それがどうだろう。
先輩は、裏では私に黙ってフォローをしてくれていたんだ....。

(くら!ほらくら、お前はいつも頑張ってるからご褒美だ!食え食え!)

(意外といいな!くらは仕事の覚えがいいんだか悪いんだか...)

今まで先輩からかけてもらったたくさんの言葉がよみがえってきて、私はさらに目頭が熱くなる。

「噂をすれば、だね...」

「えっ、.....あ!」

吉良さんの呟きで後ろを振り返ると、そこには先輩がいた。
たった今、先輩の話をしていたばっかりだったので、頭が混乱している。
先輩にどうやって、謝ったらいいだろう....!

「どうしたんだ吉良、くら、仕事に戻.....!、なっ、くら!おいなんだ!泣いてるのか!?」

「!あ、ち、違います!すみません、!気にしないでください!」

先輩の顔を見るとなんだか泣きたくなってしまって、顔を伏せた。メイクも気にせず私はごしごしと制服の袖で拭う。

「馬鹿!目が腫れたらどうすんだ!」

「へ、っ!」

いきなり先輩が私の手首を掴んだ。
びっくりしてバッ!と顔をあげた瞬間に、バチッと視線が重り合う。

「あ、あ、」

私の顔がカァァっと赤くなった。
泣き顔をみられた。
恥ずかしい。死にたい。先輩にミスして怒られて、自分で何も出来ずただくよくよしてて....。
先輩は、いつだって、私の心配をしてくれてるのに。

「....、俺が....さっきは怒鳴ったりして、悪かったな。ただ分かってくれ、俺はお前のこと、期待してるんだ。」

「っわ、私の方こそすみませんでした!...先輩に、失望されてしまったって勝手に落ち込んで...」

いや、と先輩は首を振る。そしてゆっくりと私の手を離した。

「私ずっと、先輩に、ついていきます....よろしくお願いします」

「!」

そう言って頭を下げると、先輩は無理はやめとけ!と大きな声で笑った。
先輩の笑った顔をみているうちに、私も自然と笑顔になれた。

わたし、この会社に入ってよかったな。

先輩に出会えて、よかった...。

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