未来は見ない


くらは入社2年目。これといった目立った特徴もなく、仕事の出来はまずまず。
容姿は並だが、その気さくな性格から男性社員からは人気がある。
まあ、本人にはその気はあまりないようで男っ気はあまりない。
彼氏もなし。好きな男のタイプも謎。

しかしそんなくらの隠された素顔というやつが気になるやつもいるらしい。
酒の席で新入社員の山田と竹崎がくらにプライベートな質問を投げかけたが、なかなかくらのほうは口を割ろうとしなかった。
一般に言えば、彼女はガードが堅い、というやつなのか。
今日はいい気になってくらにどんどん飲ませようとするやつまでいた。

「くら!帰るぞ!」

肩を揺すってみても返事がない。
これはいくらなんでも飲み過ぎだ。ほんの10分前にはすっかり出来上がっていたと思ったのに。
お開きの時間になっても立ち上がろうとしないくらが心配になり声をかけたが、かなり危ない。

「う〜〜ん....」

帰れるのか?こいつは。
ちなみに他にも酔っ払っているやつがいるが、くらほどの重症者はいないらしく、それぞれタクシーや電車で帰っていく。
くらと同期の女子社員達も早々と帰り支度をはじめ、さっさと帰宅した。

ん?
......いや、待て。
これって、俺がくらの面倒を見なきゃならないんじゃないのか...?

「........」

くるり、と顔を当人に向ける。
そこにはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているくらがいた。
いまだに片手にはビールの入ったグラスを持ったまま、机に突っ伏していかにも酔い潰れ人だ。

「....仕方ないヤツだな....」

俺は頭を抱えた。女子社員を送り届けることなんて今までなかったからな...。
とりあえず仕方がないのでくらを引っ張り上げ、肩を貸すようにしてなんとかタクシーへ詰め込んだ。
こうすれば後はなんとかなるだろう。

「ん...ふ、ふ」

「(何を笑ってるんだか...)」

「くら、住所言え!どこだ?おーい」

「え、ん、杜王町....」

「いや、そこは知ってるよ!!!」

がっくりと項垂れる。
いい加減にしてくれ!どこまで面倒くさいんだ....
この分じゃ、無事に玄関にたどり着けるのかさえ不安になってきた。

「くそ...」

こんなつもりじゃあなかったのに。
俺は仕方なく、そうだ、本当に仕方なくくらと同じタクシーに乗り込んだ。








「あー待て待て!!そのまま寝るな!」

立ったまま寝ようとするくらの腕を掴んで必死で引き止める。
ああ頭が痛い。
なんでこいつを俺の家にいれちまったんだかわからない。
いや、俺にはちゃんと先輩としての責任があるんだ。....よし。

「ったく....」

「ん....ねむい、」

「無理するからだろ....」

くらを寝室へ連れて行き、コップの一杯の水と適当な着替えを渡す。
俺だって疲れているのにベッドで寝られないのはキツイが...仕方がない。

しかし、俺がスーツをクローゼットへ戻しながら溜息をついていると、いきなり腰のあたりを掴まれる。

「っ、!?!」

ぎょっとしてみてみれば、くらが俺の腰回りに抱きついていた。

「んー、てつだってくださあい」

「!お、まえ...は.....」

しかも俺がどんなに引き剥がそうとしても、離れようとしない!
やめろ!と口で言ってもへらへら笑うだけなので、くらを引きずったままリビングへ移動した。

勘弁してくれ....。

「...くらは、分かってるんだか、分かってないんだか....」

下心からじゃない。俺は決して下心があってくらを家まで連れ込んだわけじゃあない。分かっているが俺だって、男だ。男なんだ...。いや、でも俺はくらを守る義務と責任があるからここまで連れてきたんだ。そうだよな?
いつの間にか、そう言い聞かせるのに必死な自分がいた。

「(まずい。非常に。ダメだ、やめとけ!やめとけ!俺は、)」

頭の中にぼんやりと差し掛かった煩悩を消し去るように首を振り回す。
今度こそガツンとこいつを大人しくさせてやろうとした。

だが、....
くらのすっかり赤くなった頬と、無防備に開きかけた唇に息を呑んでしまったんだ。
(そして近くで見ると睫毛が長いこともわかった。)

何かが壊れそうになる。
俺は眉を下げた。困っていた。
「セクハラ」「訴える」「最低」という言葉がまぶたの裏をチカチカと揺らしていた。

分かっている。本当は分かっているんだ。ちゃんと....。
自分の気持ちに気が付かないほど、俺は子供じゃあない。
一歩一歩、自分なりに成長しながらきちんと歳を取った男だ。




「.........俺以外の前で隙を見せるのは、やめとけよ」

さらりと伸びた前髪を指で掻き分けてくらの額にそっとキスを落とした。
これなら許される。これでいい。これがいい。
くらは何も知らないままで。

俺はこのまま、優しい先輩の顔をしていよう。

ずっとくらを、守っていよう。



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