今日は、この月の世界に人間がやってきた。わたしがここに来て以来の来訪者となる。いかにも旅人といった身なりの少年(ポケットから顔を覗かせていたネズミがかわいらしかった)、目付きのわるい山賊のような男性、気が強そうだが上品さも兼ね備えた少女、優雅な立ち振舞いをする青年、の四人組だった。
驚いたことに、彼らは数週間後にふたたびここを訪れる。二度目ともなれば、イシュマウリさまのとなりに椅子を置いて座っているわたしの存在に疑問も浮かぶらしく、少女がわたしに声をかけてきた。彼女――ゼシカ・アルバートは兄の敵討ちのために旅に同行していて、その敵がいまは海の向こうにいるのだということ、それから荒野に佇む船が必要で、そのためにはイシュマウリさまの力を借りなくてはならないのだということを教えてくれた。
「あなたは、どうしてここにいるの?もしかしてあなたも、あのイシュマウリってひとの仲間とか……?」
「わたしは人間だよ。足を治してほしいって、お願いしたの」
「ふうん……それで、足はまだ治ってないみたいだけど、いつからここにいるの?」
わたしがここに来てからもうずいぶんとたったような気がするけれど、正確な期間まではわからなくて、わたしは首をかしげた。そもそも、ここには明確な時間≠ネんて概念はないようにもおもわれた。
なにもかもが現実離れしすぎているのだ。現実って、いったいなんだろう。わたしが生まれたあの町があって、疎むような視線をわたしに寄越す両親が生きていて、祖母と暮らしたロッジがある、あのせかいのことだったのだろうか。
きっと、そんな疑問はここではすべて意味のないことで、しずかな夜にイシュマウリさまとわたしは肩をならべている。なんだか魔法にかけられたような、ふわふわした気分だ。ここは時間の流れがゆったりとしているけれど、もしかしたら、ほんとうは、ぜんぶあの星のまたたきくらいのほんの一瞬なのかもしれない。それでもいいとおもえた。せめて魔法が解けるまで、ふたりで。
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