月影の窓が開いた。静寂の森の雨上がり、葉に残った雨粒がひとつ、そのつるりとした表面をすべって落下するような、かすかな気配。しばらくたつが、私の部屋まで上がってくる様子がまるでない。妙だとおもい部屋から出てみれば、月影の窓から部屋へと続く階段の二段目に、両足をひきずる少女の姿があった。

「君のからだに、この階段は酷だっただろう。ようこそ、お客人。部屋までお連れしよう」

 この少女、名をパロマといった。こどもらしい無邪気な笑顔のなかに、一目では見抜けぬ神聖さを秘めているように感じられるのは何故だろう。
 そんな彼女のいかなる願いが月影の窓を開いたのか。それはいたってシンプルだ。歩けるようになりたい。≠オかし私は、彼女の足をうごかない≠ナ済ませてしまうことに違和感を覚えていた。「失礼」と一言いって、パロマの足に触れてみる。目立った外傷もなく、白くて滑らかな様子はまるで石膏で創られたかのようで、両足だけなにかに封印されているといわれたほうがしっくりくる。……封印されている=H

「申し訳ないが、今すぐにというわけにはいかないらしい。だが必ず、歩けるようにすると約束しよう」

 あの日から、パロマは月の世界の仮の住人となった。「この世界も、イシュマウリさまも、とっても綺麗ですね」と、彼女は目を細める。私からしてみれば、ほんとうにうつくしいのは彼女のほうだ。彼女の瞳は、どこまでも澄みきっている。それは綺麗なものだけを映してきた証であり、純粋無垢な心を投影している。それが幸か不幸か、私にはまだわからない。裏を返せば、人生で誰もが触れるはずの汚いものを避けて通ってきたということ。幼くして家族を失った彼女は、あまりにも無知だ。パロマが、人の世界から切り離されたここにいる間は、私が彼女を守り育てなくてはならない。

「イシュマウリさま! 今日もハープが聴きたいです。……だめでしょうか?」

 首をすこし傾けて、重力にまかせて髪の毛を揺らす。おしとやかにみせかけた仕草のなかで、長いまつげに縁取られたおおきな瞳は年相応にきらきらと輝く。パロマ。やはり、彼女はどこまでもうつくしい。

|