eins
1番最初にその姿を目視したのは、アポトキシン4869の解毒剤を服用して、僅か2日後のことだった。
「灰原、俺の頭はイカレちまったらしい」
その姿を目視した直後、情けなくも気絶してしまったのは今となっては恥ずべき記憶である。
単純な話、俺の目にはこの世ならざるものが写りこんでいたのだから。
灰原と博士を守るように寄り添う、朧気ながら人の形をした光、そして解毒剤の副作用か、2日眠っていたらしい俺に寄り添っていた人物。
まさしく阿鼻叫喚である。この時俺は考えるのをやめた。
「コーラル、」
俺がそう呼ぶと振り返るこの人物。工藤新一と全く同じ顔、体格をした彼。なんと俺の守護霊らしい。その姿は何をしても俺とそっくり、そして何より目を引くのはイタリア国家治安部隊、カラビニエリの制服をきちんと着こなした立ち姿。
コーラル、いわゆる珊瑚のピアスをしているからという単純な理由でコーラルと呼んでいるが、如何せんこの守護霊様はなかなか世話焼きでお節介。
同じ顔のくせに性格は真反対らしい。
工藤新一に戻って事件に巻き込まれる度に、見えるようになってこれ幸いと俺にアレコレ助言もどきなんかをするようになったのだ。
まぁ、犯人に至っては大体守護霊なのであろう光を纏っていない奴が十中八九クロなので、俺の好きな謎が薄まってしまったような。
「予告があったの、今日だっただろ?お前も来い」
何故ほかの守護霊はぼんやりとしか見えないのに、コーラルだけはこうもはっきりと目視できるのか、前に1度尋ねてみた。そうしたら、俺自身の守護霊だからなのでは、とジェスチャーと口パクで説明された。
姿は見えても声は拾うことができない。不便かと思うが、見えなかったものが突然見えるようになってしまったのだからそのへんはとうに諦めている。
しかしこの世話焼きで俺にとことん甘い守護霊様が、小躍りするほど喜ぶ事があった。(繰り返し言うが同じ顔なので慣れないうちは鳥肌が常に立っていた)
かの大怪盗、怪盗キッドとの逢瀬だ。
「あー、悪い悪い、キッドじゃなくてキッドの守護霊に、だったな」
怪盗キッドじゃない、とぷんすこ怒るコーラルは、なんと怪盗キッドの守護霊とすこぶる仲がいい。
この世ならざるものが見えるようになってから、如何に俺がコーラルに守られていたのかを痛感した。
事件吸引体質と前に灰原が揶揄していたが、事件と同じくらい、いやそれ以上にまぁ悪霊がくるわくるわ。
俺は悪霊ホイホイか。
外に出れば、隙をみて寄ってくる悪霊に当初はあまりの出来事にビビりまくって家の中に1回戻った。
そうしていたら、あろうことかコーラルがついーっと散歩にでも行くかのように玄関をすり抜け外に出ること30秒。
爽やかな笑顔(工藤新一フェイス)で戻ってきたコーラルがドアを開けるよう促すので、恐る恐る開けてみたら何もいなかった。
欠片もいなかった。
驚いてコーラルを見たら笑顔で二の腕パシーンって叩いてた。
俺はすべてを悟った。
コーラルが側にいれば悪霊共も寄り付かないし、コーラル様様なのだが。
何でも、俺が名前を与えたことで霊力的な物が上がったらしく無機物だけでなく有機物にまで干渉できるようになってしまったらしい。
ある日ハッ!とひらめいた顔したコーラルがルーズリーフとシャーペンを引っ張り出してきた時は唖然とした。
▽コーラルは筆談を覚えた
今では家事のすべてを嬉々としてやり込んでいる。そのおかげで俺があまりにも健康的な生活をしているものだから、灰原に最初に言った頭イカれたかもしれない発言が日に日に信憑性を増している。
この前ちゃんと起きて朝食をとっている姿を見た灰原が膝から崩れ落ちた。
「私があんな薬を作ったから……!」
とかなんとか言ってたけどこればっかりはどうにも説明もできないので、コーラルが淹れたコーヒー飲ませて博士んちに帰した。
有機物にも干渉できるようになったコーラルは何というか、もう完璧な助手兼守護霊だった。
マジもう俺コーラルいないと生きていけない。
怪盗キッドとの逢瀬で、怪盗キッドを狙う組織が横槍を入れてきた時なんかはもうすごかった。
怪盗キッドが気付く前にカタつけてた。俺は見えていたから分かるけど、こうやって守護霊は主人を守るのか…とちょっと感心してた。
だからといってこれから登場しようっていうヤツにドロップキックはどうかと思うの。
俺の守護霊こわい。
怪盗キッドの守護霊も一緒になって何かしてた。
何か危ない感じがしたから多分アレ可愛くない感じの呪いとかかけてた。
怪盗キッドの守護霊怖い。
「よぉ、怪盗キッド。今夜こそお前を巨匠にしてやるよ。」
駆け寄る守護霊。
「これはこれは名探偵。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
戯れる守護霊。
「……………」
楽しげに談笑する守護霊。
お互いキメ顔でセリフを言い合う、そのちょうど真ん中あたりの場所でほのぼのとする光景に、俺は怪盗でもないのに表情筋を凍らせてポーカーフェイスに努めなければならない。
「勘弁してくれよ……」
俺と同じ顔のくせに、と俺は何度目かのため息を吐き出す。
その言葉に、視界の隅で驚いたように目を瞬かせた怪盗キッドがいたことに気付けなかったのは後にも先にもこの時だけだと思う。