eins
「いくぞ、セバスチャン」
「御意」
身なりからして貴族であろう少年が、傍らに控える燕尾服の男に声をかけ、横目で一瞬ちらりと墓石に刻まれた名前を見た。
けぶる思考を振り払うように、執事とともに振り返り、帰路につこうとした。
「おや」
「げっ」
まず執事が意外そうに声をあげ、次いで少年が嫌そうに眉根を寄せた。お行儀よく草の上に座り、ぴたりと少年を見上げる瞳は硝子のように透明だが、思慮深い色も宿していて、何だか違和感を感じる。
「墓場に黒猫とは……不吉なことこの上ない」
「私と契約している身で不吉、などと仰られますか」
くぷり、と口先だけで笑った執事に、少年が面倒くさそうに睨んで、はぁ、と軽くため息を吐いた。
「猫は嫌いだ。さっさと追い払え」
「御意に。…と言いたいところですが、こちらのご婦人は猫ではないようですので坊ちゃんもアレルギーの心配をなさる必要はないかと」
「はあ?」
執事のその言葉に、今までお行儀よく座り、なおかつぴくりとも動かなかった黒猫がゆらりと尻尾を揺らした。
意味深な執事の言葉がこれまた苛つくことこの上ないが、視線で促されたように、今一度黒猫をよく見る。
野良猫とは思えないほど手触りの良さそうな毛並みは夕日を浴びてビロードのような見目となっているし、しなやかで無駄な肉のない肢体は美しい。形の良い耳は風の音でも拾っているのか、動かない。
しかしそれでも、猫は猫。
これのどこが猫ではないのだ、と執事に文句の1つでも言ってやろうかと思った、その瞬間。
きりり、と瞳孔が細くなり、加えて瞳の色が執事と同じような赤に染まった。
驚いてもう1度黒猫を見る時には既に元の、硝子のような瞳に戻ってはいたが、少年は今確かにこの黒猫の正体を知った。
「お前の同族にこんなところで会うとはな…ふん、墓に眠る奴らの魂でも食いにきたのか?」
「よほど雑魚の悪魔でなければ、そんな残飯を漁るような下品な真似は致しませんよ」
「ふん…どうだか」
蔑むように執事を鼻でわらった少年に、黒猫がつい、と視線を流す。
その視線が思いのほか友好的で、しかし品定めされるような、そんな視線。
矛盾した感想を抱かせる視線はすぐに執事へと移されたが、一瞬、心臓を射竦められたような、そんなおそろしい感覚に陥った。
「にゃおん」
優雅にひと鳴きした黒猫が、くるりと踵を返す。小さなベルを鳴らしたような、静かで穏やかな鳴き声は、やはりただの猫のソレではない。
たしりたしりと微かな足音とともに去っていく後ろ姿を見送りつつ、あんなに穏やかな声で、まどろんでいるかのように伏し目がちな姿の猫が、このむかつくほど有能な執事と同族である悪魔?
「やっぱり猫は嫌いだ」
暗くなってきた空に、吸い込まれるようにして消えたつぶやきは、きっと黒猫には聞こえたのだろう。
その証拠に、ぴくりとも動かなかった黒猫の耳が、さわりさわりと微笑むように揺れたのだ。