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「本日は特に目立った予定はありませんが、あなた方はいつも通り仕事をなさってください。フィニは庭木の剪定を、メイリンはシーツの洗濯を。バルド、あなたは夕食の仕込みも忘れずに。タナカさんはごゆっくりなさっててください」
「はーい!!」
「はいですだ!!」
「任せとけ!!」
「ほっほっほ」
朝。ファントムハイヴ伯爵家。元気良く答える庭師や女家中に、執事は疲れたようにため息を吐いた。
主人はもう起きていて、今頃朝食を召し上がっているのだろう。本日のアーリーモーニングティーはお気に召していただけたようで、執事としては嬉しい限りだ。
「くれぐれも、くれぐれもまともに仕事をしてくださいね」
大事なことだから2回言った。
それぞれの仕事をこなす為、散っていく仕事仲間たちに、またため息を吐いた。
ため息ばかり吐いていても仕方ない、と今日の主人のおやつは何にしようかと考えつつ、まずは郵便物が届いていないか確認をしなければいけない。
カツカツと執事らしく、人間らしく足音を響かせながら玄関に向かい、そして、扉をあけた。
「にゃおん」
「おや……ファントムハイヴ家へようこそおいでくださいました」
悠然とそこにいたのは、先日主人の叔母であるマダムレッドの葬式を終え、帰路につこうとした際に垣間見た、同族の姿。
ずいぶんと可愛らしい姿ではあるが、本性は自分と同じ悪魔なのだと思えば、不思議と、可愛らしいとは思えなかった。
郵便物を受け取るよりも先に、お客様がいらっしゃってしまったか、と執事は形式に則り歓迎の意を表す。
この黒猫の同族を『客』だと認識したその理由は、先日と違ってきちんと身だしなみを整え、なおかつ貴族を訪問するのだから、と手土産まで用意されていたからだ。
先日と変わらぬ美しく、程よく引き締まった肢体は、今は朝露が反射する光によって薄く、けれど上品に輝いている。そして先日はそこになかったもの。
ゆらりと左右に、ゆっくりと揺れた尻尾を彩る、赤いリボン。硝子のようだった瞳はもう、隠す必要もなくなったからなのか、執事と同じ赤。
絡みが大変鬱陶しい赤い死神を連想しそうになったが、この黒猫の赤は、あんなに苛烈で目立ちたがり屋な赤ではない。
ゆっくりと滴り落ちて、小さな波紋を広げるような、慎ましい赤。
「こちらはお預かり致しますね」
了承の意なのか、手土産であるソレを受け取ると、またしても尻尾と、赤いリボンが揺れた。
手土産は、主人が甘いもの好きだということを知ってか知らずか、可愛らしいバスケットにちょこんと鎮座するパイ菓子だった。
確かフランスの公現祭にて食べるという、ガレット・デ・ロワというパイ菓子。その表面には丁寧に作られたのであろう、砂糖菓子で作られたカラフルな王冠が乗っていて、人間の餌の味など理解できないはずの執事でさえ、この菓子はきっと美味なのだろうと素直に思った。
微かに香ってくるアーモンドクリームの香りは主人が好みそうなもので、本日のおやつはこちらのガレット・デ・ロワをいただきましょうか、と執事はバスケットを小脇に抱えた。
「ああ、そういえば」
客として案内するからには、最高級のおもてなしを。エスコートするために、黒猫に向かって手のひらを差し出しながら、いたずらっぽく問うてみる。
「フェーヴは、入っているのですか?」
その問いに、黒猫がきょとりと、その赤い瞳をまんまるに開く。そして、いたずらがばれたように、ほんの少し、背中を丸めた。
その赤い瞳は、どこか笑っているように見える。
わざわざこの客人がガレット・デ・ロワなどというパイ菓子を手土産に選んだ理由は、何となく察しがついていた。
ガレット・デ・ロワとは元来、中に埋め込まれたフェーヴという陶器製の人形を引き当てる、運だめしのようなもの。
そしてフェーヴを引き当てたものは、身内の中から1人、キングまたはクイーンを選ぶことができる。大抵子供を喜ばせるため、その役目には子供が選ばれる。
「私はフェーヴ、ですか」
なんという皮肉の込められた菓子だろうか。