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地位と権力と金がいるだろうがオイ、と女は考えた。
弟は体が弱いくせに神楽の継承をせにゃならんし、そのくせ将来弟の家族が鬼に殺されるのを女は知っていたので。
家族の引き止める声も振り切って日本の中心へと駆けていった。
女がまず真っ先に欲したのは武力であった。
かつての未来、紙の中で死んでいった弟家族を救わん、と銃や刀なんかを片手に戦場を駆け回る日々。
高い椅子にふんぞり返っておる狸爺どもを引きずり下ろしては出世して、軍内の風通しを良くし、街中の治安維持に務め、後続の育成に務めた。
そうして働いて働いて仕送りをして、気付いたら弟が嫁さんを貰うという。
祝いの品片手に顔を見せに帰れば弟は女にしがみついて泣いた。
義妹になる別嬪さんは、弟を慈しむように撫でていた。こりゃいい嫁さんを貰ったな、ワハハ!
弟は炭焼きをして生計をたてている。
義妹の腹はどんどん膨らむし、弟の体はガリッガリだし、姉さんに任しとけ、とどんどん支援した。
弟と義妹が苦に思わぬよう、細心の注意を払って差し入れをしたりした。
部下に貰ったといって大量の米や野菜を持っていったり、上司のお零れだとハイカラな菓子を持っていったりした。肉も魚もたんと食え!いっぱい食え!食わねば腐るだけだ!
すごい勢いで差し入れしていたので、最終的に弟と義妹の間に5人子どもができても食うに困ることはなかったと思う。
そしてまた産まれてきた甥っ子姪っ子はそりゃもう可愛かった。女のことを、たまに間違えて「お母ちゃん!」と呼ぶのだ。
そして間違えた!という顔をして焦る姿のなんとまあ可愛らしいことよ。
今日も元気でよろしい、お小遣いあげようね。美味しいものでも食べてきな。
まあわざとお母ちゃんと呼んでいるのを知っているのだがね。この甥っ子たちときたら、義妹のことはきちんと母さんと呼ぶのだ。
お母ちゃんと呼びたいが恥ずかしくて呼べないのだそうだ。義妹から聞いた。
弟家族が住む山奥についてだが、元々その山は先祖代々竈門の名を冠する物が継ぐものであったので良いとして。
最初に女は弟家族の住む山のみならず、近隣の山なんかの土地も残らず私財で買った。あーだこーだ理由をつけて私有地の周りには藤を植えまくり部下を配置しまくった。
山での戦闘を模した擬似訓練だとでもいえば審査は通った。誰が何の目的で弟家族の周りをうろついているのか一目瞭然となるようにしてみた。もし部下が死ぬようなこと、殺されるようなことがあってはならんと兵器の投入もした。上司には報告してない。
軍の衛生部や獣医部も巻き込んで鬼の足止めも可能な銃とか作った。
この頃女は鬼を殺す組織、鬼殺隊のトップとも協定を結んでおったのでもはや万全だった。
もし鬼が出た場合、速やかに足止めを行い鬼殺隊員にパスする、という流れだ。
完璧。女は仕事のできるいい女であった。
協定を結んだからには利益の一つや二つくれてやろ、と女は医学知識を仕入れることにした。
どれいっちょ行ってくるわ、と英国まで船で行って医者としての経験も知識も身につけてかえってきた。
何せこの女、行動力の化身であったもので。
開業医として食っていけるほどの腕であった。
帰ってくると、協定先から上司の病について相談されたので、いいタイミングだと相談にのり、病を緩和しつつ治していった。
途中呪いがどうとか言われた気がするが、治らなさすぎて腹が立ってきたので意地でも治してやる、と女はよりいっそう励んだ。
そのおかげか協定先のトップ以外からは医者だと思われている。否定して説明するのが面倒なのでそのままだが、協定先のトップはなにやらかしこまっていた。
弟は義妹たちの看病虚しく旅立った。
泣いてばかりはいられないと歯を食いしばって笑う義妹が痛々しかった。
泣く甥っ子姪っ子を抱きしめてあやしてやり、旅立った弟の頬を撫でた。
それからしばらくして、珍しく仕事に明け暮れていた女の元へ電報が入った。
女は書類を持って並ぶ部下達を足蹴にして、全速力であの炭焼き小屋へ向かった。
汗だくで扉を叩いた女に驚いた顔をした義妹が風呂をすすめてくれて、間に合った、と安堵した。湯を浴びるだけ浴びて、軍服に身を包み、銃を傍らにおいて義妹達を呼んだ。
これからここに人間を装った鬼が来るが、今ここを離れた方が危険なので迎え撃つこと、女が良いと言うまで家から出ないこと。
これらを話し、約束させ、女は門戸を見つめながら待ち構えることにした。
一緒に迎え撃つと言った甥っ子たちの頭を撫で、ではもし次があったら頼む、と宥めて家の奥へとおしやった。
連絡した鬼殺隊員が到着するまで、もしくは日が昇るまで可愛い義妹と甥っ子姪っ子を守るのは女であった。
戸が叩かれた。
誰も声を出さず、女は焦らず銃を構え、戸が開かれるよりも先に引き金を引いた。続けて銃弾を放ち、この麗しい男を装った鬼の首魁を必ず退けてくれるわ、と殺意に満ち溢れていた。
しかし相手も鬼の首魁というだけあって、辛く飢えるようだろうに、女の足を引っ掴んで外へ放り投げた。
鬼の首魁が、家族を守ろうと前に出た甥っ子の首を飛ばそうとしたのが見えた。姪っ子がそれを庇い、怪我をしたのを女は見た。
鬼の首魁が吐いた血が、姪っ子の傷口に零れたのも見た。
女はぶちギレた。
雪の中に放り投げられたことも忘れて、獣のように鬼の首魁に迫ると、その後ろ首を猫の子のように引っ掴んだ。
空いている手で渾身のグーパンを食らわせ、鬼の首魁の顎を銃身で砕いた。驚いている鬼の首魁の両足の骨を折り、両手の指を全てへし折ってから髪を掴んで外に連れ出した。
火かき棒で歯も折ってやるつもりだったので、日が昇り始めたことに気付いた鬼の首魁が逃げるまで、決して炭焼き小屋に近付けさせなかった。
鬼のあんちくしょうが逃げてしまったのが口惜しいが仕方あるめえ、と炭焼き小屋に戻ってみれば、姪っ子が鬼になっていた。
家族に襲いかかりそうになっているのを、必死で耐えている。
姪っ子の意識を刈り取り、他に異常はないか確認したあと義妹に頭を下げる。
義妹は女を抱きしめて泣いたが、女は義妹を抱きしめ返せなかった。
鬼殺隊員が到着し、甥っ子が姪っ子を連れて鬼殺隊となることになった。女に否やは無く、義妹達もそれが最善であると送り出した。
甥っ子の修行先に挨拶をし、姪っ子共々よろしく頼むと頭を下げ、女は職場へと戻った。
煙草を吸い、煙を吐き、机を蹴りあげそうになる足を留めた。物に当たるのは宜しくない。
女は燃えるようだった。
女は鬼のあんちくしょうを必ず殺すと決めた。
そしてそのために考えた。どうやって殺そうかと考え、鬼殺隊がより強く洗練されることを望んだ。
幸い、上司の病について相談したい、と持ちかけてきた人物も中々に強い存在だったので、話をつけるのは簡単だった。
鬼殺隊内の士気の向上に務め、戦力増加をはかり、じゅうぶんな労働環境で過ごせるようにと協定を更に深くした。
鬼殺隊員が民間人を庇う話はよく聞く。
そんなもの女たちにだってできらァ、と民間人の保護を一手に引き受け、藤の家紋の家とやらには出資という形で金をおろした。
一般人を気にせず鬼を殺す事だけ考えていろ、その報酬はじゅうぶん用意してあるぞ!とすれば人間驚くほどやる気をだす。お金と休息は大事だ。
そうして過ごしていると、甥っ子の修行期間がひとまず終わったらしい。
最終選別から無事に帰ってきた甥っ子を、試験会場の近くまで迎えに行くと甥っ子は誇らしげに笑ってみせた。
甥っ子を世話になっている育手の元まで送った帰り道、強い子に育った、と思わず女は泣いた。
姪っ子が目を覚ましたことも、なにより喜ばしかった。
便りを交わしたり、ちょくちょく顔を見に行ったりしていたら、甥っ子姪っ子が裁判にかけられるというではないか。
急いで駆けつけてみれば、なんぞ甥っ子姪っ子に乱暴しようとするもの、それらを静観するもの、静止するもの、と様々な者がいた。
女にとってはすべからく、可愛い家族に手を出す不届き者であったのでちょいと圧力をかけておいた。
それほどまでに、女は鬼殺隊内で無視できぬ権力を持っていた。持っててよかった地位と権力。
姪っ子に直接手を出そうとしたものにもちょいと灸を据えてやったが、それ以上女は追求してはやらんかった。女はたいそう優秀であったので、相手の事情も手の内だったのだ。
甥っ子姪っ子がぐんぐん成長し、修行に明け暮れ、任務をこなし、人間としても大きくなっていく。喜ばしい。
もうすぐ完治しそうだというのに協定先のトップが自爆するというので止めた。
岩柱とかいう男と、女にだけ事情を話してくれたが、女は普通に納得できなかったので断ったし病気は完治させた。
鬼のあんちくしょうが来るというので、岩柱の男、それから病について相談してきたやつ、ツテで知りあった商売人で策を練った結果、鬼のあんちくしょうをヤク漬けにすることが決まった。
作戦はこうだ。
鬼の性質を利用し、新たな麻薬を商売人が作り出した。阿片やらなんやらが含まれていると説明されたがてんでわからぬ。
その新薬を数字も持たぬ鬼の体内に入れて様子を見たが、効果は覿面であった。快楽物質のない麻薬だと思ってくれたら良い。新薬の濃度を高め、サイズを小さくし、銃弾ほどまで縮小化することに成功。
ここで女の出番だ。ライフルを手に新薬を鬼に撃ち込む。
あとは弱体化するのを待つだけである。
新薬の効果が切れると、更に強い苦痛が鬼を襲う。とんでもねーもんを作った商売人に鳥肌が立つ。ただの毒である。
もし生身の人間に使用した場合どうなる?と尋ねると、死んだことに気付かないだろうと返答がきた。
鬼の再生能力あってこその新薬。
とんでもねーもんをこの世に生み出してしまったかもしれない。商売人は鬼の駆逐後に安楽死用の薬として売り出すつもりでいた。
止めておいた。
実験は成功した。
女は信頼している自身の部下に鬼を相手に新薬をばらまく任を与え、また自らも鬼殺隊員の任務に同行し新薬をばらまいた。
柱とかいう最高幹部格の任務に同行すれば、中々に強い鬼と遭遇したので、余裕があれば討伐、撤退する場合には新薬の投与を行った。
そうして過ごすことどれほどだったか。
鬼のあんちくしょうとの最終決戦と相成った。
正式に協定を公表、討伐に名乗りでるなり女は後方支援を一手に引き受けた。
悔しいが、どんなに訓練したとしても鬼を殺すことにたけているのは鬼殺隊員なのだ。
部下達総出で隊を組み、負傷した者の救護、鬼と遭遇した際の連携、一時撤退する際の後方支援を行う。
犠牲が出るのは覚悟の上での作戦であった。
後ろを気にせず戦えるのは、これほどまでに力をふるえたのかと鬼殺隊員と女の部下たちの間に育まれた絆もあったであろう。
鬼の首魁のあんちくしょうに直接この劇物を投与してやらァ、と負傷者の救護をしつつ走り回っていたら、甥っ子姪っ子と合流した。
随分と男前な面構えであったが、女は汚れた顔を拭いてやり、愛おしくてたまらんくなったので、思いっきり抱きしめて頬にキスしてやった。
女は家族が可愛くて可愛くて仕方ないのだ。
できれば後ろに控えていて欲しかったが、次があれば頼むと昔約束したので黙って背中を預けた。
女は約束を守る人間であった。
そうこうしていると、憎いあんちくしょうがおったので、気付かれる前に狙撃した。甥っ子が唖然とした顔をしていたが、女の顔を見て黙ったので良しとする。
女は後方支援に徹し、甥っ子姪っ子の邪魔にならぬよう鬼殺隊員の腕に賭けた。
冷静に、冷徹に銃弾を撃ち込み続ける女が癪に障ったのだろうか。
鬼のあんちくしょうが薄気味悪く笑ったかと思うと、甥っ子姪っ子の身体を切り裂いた。
女があの夜、守りきれなかった景色の再来だと笑う男。
女はぶちギレた。
再来だというのならこちらも再現してやるわ、とお望み通りグーパンして顎を砕いて、両手両足の骨を折り、おまけとばかりに歯も折った。
自分から望むとはもしやドMというやつかしら、と考えもしたが、如何せん女はぶちギレていたのでどうでもよかった。
鬼とは女のような形相の者を云うのだ。
鬼の首魁をボッコボコにした後のことは正直思い出したくない。
怨敵がいなくなったことにテンションが最高潮で、ちょっと楽しくなってしまい、鬼に関する薬品系などの物を次々に開発してしまったが後悔はしておらん。
姪っ子を人間に戻すことも叶ったのだし。
紆余曲折、本当にたくさんのことがあった。
女の可愛くて愛おしい家族が、来世でも鬼に悩まされることのないよう、友と協力して手は尽くした。
そう、何を隠そうこの女、最初に声をかけてきた鳴柱と、それから商売人と仲良くなり友人となっておったのだ。今更なのだが。
書類を作成しては上に報告し、街の治安をより良くし、子どもたちの未来のために尽くし、平民であろうと分け隔てなくその生活を保証した。
働いて働いて働いて───────
女は今まで働き通しであったので、老後は遊んで暮らすべ、と職場を辞し、友と遊ぶことにした。
「いつでも連絡してきて構わん。遠慮は結構、皆健やかに育て、私からは以上だ。盆と正月、誰ぞの誕生日には帰る」
おお、未来は明るいぞ若人たち。