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竈門炭十郎の姉は、芯の通った強い人間だった。
病床に伏した炭十郎をよく看病しながら、鍛錬に励むような、そんなおなごであった。
「炭十郎、この姉に任せておいで。皆纏めて面倒見てやる」
姉のいう皆、というのが誰のことだか、幼い炭十郎には分からなかったが、姉に撫でられるのがいっとう好きだったので、すこん、と眠りについた。
しかし、炭十郎が次に目を覚ました時には、姉はもう家を出た後であった。
寂しくて寂しくて泣いてしまいそうであったが、炭十郎は弟であり長男でもあったので耐えた。
姉は街中で働きつつ仕送りもして、便りも頻繁に寄越してくれたので辛くはなかった。
負けてはおられん、と神楽の継承に精を出し、人を助け、家族を支える日々。
そうして出会った女性と恋仲になり、夫婦になると云う時。
今までどんなに顔を見せに帰って来てはくれないか、と頼んでも聞いてくれなかった姉が、祝いを持参して帰ってきた。ひょっこり。
何年かぶりに帰ってきた姉は、軍服に身を包み、硝煙の匂いがした。
大日本帝国陸軍に所属し、今は大佐であるという。女の身空で、まだ若く、本来なら炭焼き小屋で一生を過ごすはずだった姉が。どんなに辛く、険しい道だったことだろうか。
だのに、なんのひとつも辛いことなどないなんて顔をして、笑って祝ってくれたのだ。
家族が増えるのが嬉しくて仕方ないのだ、と抱きしめてくれる腕の、なんと安心できることか。
みっともなくすがりついて泣く炭十郎に、やれやれと抱きしめ返してくれることのなんと贅沢なことか。何も言わず、背を撫でてくれる手が自分の伴侶となってくれることが、なによりの幸福であった。
そうしてしばらくして、妻が懐妊したと便りで知らせれば、姉は結構な頻度で帰ってきてくれるようになった。
男には相談しにくい不安を取り除いてやったり、妻の負担にならぬよう心得を指南して貰ったり、差し入れなんかも沢山持ってきた。
米や野菜、肉に魚も持ってきたし、ハイカラな菓子なんかもたんと持ってきた。炭十郎が働かずとも差し入れだけで食っていけるほどの量を持ってくるもんで、家族が食うに困ることはなかった。子宝に恵まれ、5人の子どもたちに囲まれて過ごす中ですら、姉は強かった。
「炭十郎、葵枝、護身術を子どもたちに教えるが構わんかね」
妻と共に良しとすれば、簡単な護身術を子どもたちに教え、山の中で生きていくにはどうすれば良いか、災害にあった時の対処法や人命救助の心得など、新鮮な知識を授けてくれた。
大日本帝国陸軍大佐が手取り足取り教えているのだから当然かと思うが、子どもたちはめきめき力をつけた。
かといって過信する訳でもなく、姉からは力を持つ者の責務としての心構えも教授されているらしく、日々凛々しく育っている。
過ごす時間の長さ故か、子どもたちが姉を間違えて「お母ちゃん!」と呼ぶことが増えた。
妻にそれとなく聞いてみれば、母さんとお母ちゃん、どちらも母であるのだからお母ちゃんと呼びたいがまだ恥ずかしいようですよ、と教えて貰った。
姉は多忙な筈なのだが、よく炭焼き小屋に顔を出した。そして炭十郎が安心して過ごしていたのも束の間、いきなり外国へ勉強しに行ってくる、と一言告げるなり本当に行ってしまった。
定期的に差し入れと称して軍の、おそらく姉の部下であろう人が物資を届けてくれた。そのように手配するのを忘れなかったところを見るに、数年もすれば帰ってくるらしい。
まったくあの人らしい、と妻と一緒に笑った。
中々体調が戻らず、ほとんど寝たきりのような状態になった頃、姉が帰ってきた。
どうやら医術を学んできたようで、あれこれと手を尽くしてくれたのはありがたいが、もはや手遅れの域であるのは分かっている。
「馬鹿だねぇ。姉より先に逝く奴がいるか」
旅立つ直前、それとも旅立った後か。
まぶたを下ろした炭十郎の頬を、姉が撫でていた。