middle&short
  • sechs



    「この僕を、まさか墓守に仕立て上げるとはな」



    たくさんの本に囲まれた、書斎。その部屋の中で、悪の貴族は皮肉げにわらった。


    傍らに控えている執事の顔は、見えない。



    「人間の策にはまり、300年も縛られるとは馬鹿な悪魔だ」


    「そしてこれからも縛られ続ける様は、とても人間じみていて、むしろ滑稽ですね、坊ちゃん?」


    「間抜けにもほどがあるな」



    先日、この屋敷を訪ねてきた黒猫。彼女は、霧の深い森の奥にちんまりと座り込み、朽ちる寸前の墓石を眺めていた。ここに自分の伴侶が眠っている、そう言って。



    「本日のおやつは、ブリオッシュ・デ・ロワをご用意致しました。フォートナム&メイソンのアールグレイとご一緒にどうぞ」


    「………嫌味なやつだな」


    「おや、一体なんのことでしょう?」



    小さく舌打ちをして、ファントムハイヴ伯爵は、執事が用意した菓子と、紅茶に口をつけた。黒猫が手土産にと持参したパイ菓子と、よく似た菓子だ。



    「…あの悪魔は、300年もの間、伴侶だった人間がライラックを飲み込んだせいで、人間が死んだ後も墓と共にあったのか」


    「おそらく。しかし寄り添うべき墓すら朽ち果ててしまいそうになり、やむなく自分も人間の元へ、ということでしょうか」


    「それならば何故、あの悪魔は自分を縛り付けた人間と同じようにライラックを飲み込む必要があった?」



    かちゃり、とティーカップに注がれた紅茶の色を観察しながら、何の感情も感じられない顔で、伯爵が執事に問う。


    ゆらりと揺れた水面は、透明ではない。



    「私には到底理解できませんが……あの黒猫は、伴侶から感情を得たのではないでしょうか。俗に言う、愛情ですとか、そういう感情を。」



    紅茶のおかわりをティーカップに継ぎ足しながら、執事が遠くを見るように、ふい、と窓の外を見る。



    「お前が、愛を語るか」


    「ええ、語りますとも」



    執事と伯爵は、300年前に、黒猫の身に何が起こったのか知ることはできない。それでも、予測を立てることならできるのだ。



    「黒猫の伴侶は、おそらくただ純粋に、黒猫と永遠に過ごしたいと願ったのでしょう。しかし相手は悪魔、そして自分は人間。共に過ごせる時間などたかがしれています。」


    「それゆえに、自分の墓に黒猫を縛り付けることで、永遠の時を過ごす、か。……ふん、ライラックとは、恐ろしい花だな」


    「おや、そうでもありませんよ?」



    つとめて明るく切り出した執事に、伯爵がはあ?と怪訝そうな顔をする。



    「実際、ただの花にそのような効果があるとは思えませんし」


    「は、はあッ!?」



    伯爵が、荒々しくティーカップを置いて、執事を睨みつける。からかうな、と眼帯をしていない左目が吠えている。


    その様子に気を良くしたのか、執事が黒猫にむかってそうしたように、くぷりと口先だけでわらう。



    「300年あの墓に寄り添っていたのは黒猫自身の意思でしょう。私共が去る間際にライラックの花を飲み込んだのも、単なる演出だとすれば丸く収まります。全ては、多大なる財と地位、権力を持つものに、自分が死んだ後も墓を守らせるための狂言。そう、たとえば………」




    坊ちゃんのような。




    執事の言葉に、伯爵が目を見開く。

    立ち上がり、執事を睨みつけていた視線をつい、と下げ、力なく椅子に座り込む。



    「……なるほど。僕ははめられた、そういうことか」


    「はい。何も知らずに黒猫を撫でる坊ちゃんは、なかなか愛らしかったですよ」



    本当のことをいうと、この執事も、ギリギリまで黒猫の策には気付けなかった。


    気付いたのは、主人の命令で、黒猫夫婦の元へ花束を、とびきり上品なライラックの花束を届けに行った時のことだった。


    そこにはただ眠っているだけのような、黒猫と、朽ちる寸前の墓石。花束をそっと、黒猫の周りへと咲かせていく途中で、気付いたのだ。


    はじめ、来た時にはなかったものが、黒猫の頭を飾っていることに。


    黒猫が手土産にと持参したパイ菓子、そのパイ菓子の上に鎮座していた、カラフルな、可愛らしい砂糖菓子で出来た王冠。


    その王冠が、眠りについた黒猫の、ちいさな頭を優雅に装飾していたのだ。



    「やはり、猫は嫌いだ」


    「左様でございますか」



    淡々と、何事もなかったかのように、つぶやく。


    うららかな日差しに照らされて、王冠は原型を留めていられるのだろうか。



    どろりと溶けた王冠は、きっと、アーモンドクリームよりも甘いのだろう。

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