愛情みたいな顔をするな


ぱち、と音がして瞼の外側でぼんやり光が灯るのを感じた。橙に瞳を照らす色にゆっくりと脳に血が回り、手足まで意識が通るのを感じる。ぎしりと音を立てておそらく比較的体格の良い成人男性の重みを受けたであろうベッドが軋む。耳元で髪の毛と布地の擦れる音がした。目を開けずとも、長く伸びた黒髪が紐を解かればらばらと流れ落ちる様など、想像に易い。きっと、その髪に手を伸ばして毛先に触れれば猫でも愛でるかのような声で応えるのを知っている。

「もう寝てしまったかな」

控えめな声と共に大きな手がミナリの額を覆った。撫でるというよりは、そこにあることを確かめるようにミナリの頭の丸さをなぞる。夏油がいつも、まんまるだね、と言って笑う額をなでて、そのままその手はするりと首元を辿って、肩へ降りた。随分と己よりも大きなあたたかい肉体がミナリの体をすっぽりと包む。

「起きてるだろ」

カチ、と電気を消して真っ暗になった部屋の耳たぶの真横で、低い声でそう言って笑った。

「……寝ていましたよ、さっきまでは本当に」
「知っているよ、遅くなって悪いね」
「別に、常だってそんな一緒に寝ているわけでもないのに」

浅いため息を殺すように夏油は喉の奥でそれに応えて身を捩った。半ば強制的に胸元に顔を寄せて、嗅ぎ慣れた服の匂いに生暖かい息を吐いた。

「明日の予定は?」
「何も。傑は」
「朝から信者のアポイントがひとつ。8時には起こしてくれ」
「どうせ美々子や菜々子が起こしにきますよ」
「いいね、幸せな朝だ。で、きみは起こしてくれないの」
「私がいなくたって、あなたは生きていけますよ」

すげない返事が気に入らなかったのか、夏油の足がミナリの体に絡まる。これじゃあほとんど蛇が絞め殺すとの同じだ。きっといつか、このぬるい腕の中で死んでしまう。無理やり腕を這い出ようとするミナリに、締め付ける力が少し緩んだ。解放してやろうと面白がるような脱力に底意地の悪さを感じながら冷たい空気を吸い込む。

「そういえば美々子と菜々子の授業参観、きみが行ってくれたんだって?」
「え?ああ……でも夏油様が良かったって言われましたよ」
「なに、年頃だからね、照れ隠しだろ。私にはミナリが来てくれたと嬉しそうに話していた」
「……そうですか」

きゅ、と音がしそうなほど眉根を寄せたミナリに、夏油は急にははは、と笑い声を上げた。低くも高くもない、年相応の笑い声だ。白く角張った手が暗闇で再びミナリを探す。受け入れる隙もないほど強く引き寄せられる。

「きみって本当、昔からそういうところあるよね」
「ちょっと、あの、苦しい、苦しいですって」
「なあ、ミナリ、やっぱり明日の朝きみも一緒に起きてくれよ。私も明日はパンがいいな。コーヒー私が淹れるよ、私の分も焼いて」
「あなたいつもご飯派でしょ」
「いいだろ、きみと一緒がいいんだよ。ね、一緒にいてくれよ、ミナリ」

頼むよ、と言って夏油が冷たい頬を寄せた。手を伸ばしてそれに応えながらじっと暗闇でこちらを見つめる黒い瞳の奥を見る。何を考えていて、何を望んでいるかだなんて何もわからなかった。ただ黙って、冷たい唇を寄せる。息だけが暖かかった。

「……私のこと好きですもんね」

額を合わせたミナリに、夏油の瞳がきゅうと狭まった。

「なんだ、好きだって言えよ、きみも」