『闇に浮く白』







ワードパレット/本能・くらくら・戸惑う


 ぽとり。漆黒の中に落ちていく白。ぷかぷかと浮かびながら少しずつ溶けていくそれの様子を眺めながら、じっくりとその"機"を待っていると。
 
「……相変わらず、変わった嗜好をしていますね」相席のアラスター、先ほどコーヒーブレイクに誘ってきた彼が、顔を顰めながらカップを啜った。
 
「なんだよアラスター、あたしの味覚にケチつけるつもり? 苦さの中にほんのり甘みがあるコレが美味いのに」
「HAHA! 到底理解し得ませんね」
「自分から誘ってきたんだから文句言うなって」
「別に文句を言ったつもりはありませんよ。ですが、確かにあなたの言うことも一理あります。ほら、どうぞ好きにお飲みなさい」
「……」
 
 なんだか少し腑に落ちないが、このまま口論を続けるには相手が悪すぎる。話術の方でも、物理的な方でも。
 べ、と彼に舌を出した後、ひと息ついて。気持ちを落ち着かせながら、再び自身のコーヒーカップを見つめる。原型が崩れ始め、じゅわりとコーヒーに溶け出したマシュマロ。そろそろ頃合だろう。スプーンを手に取り、カップに沈めていった、そのとき。ふと、強い視線を感じて。顔を上げれば、アラスターが再びわたしのコーヒーカップを見つめているのが目に入る。
 
「……なに? まだ言いたいことでもあるの?」
「いえ。その甘味の塊が、さながらアナタのようだと思いましてね」
「え? マシュマロが?」
「ええ」
 
 予想だにしていなかった彼の発言に、首を傾げる。戸惑いを隠さずに「どこらへんが?」と尋ねれば、彼は手にしていたカップをテーブルに置き、指を組む。
 
「地獄にそぐわない無垢な魂、善良なこのホテルの模範生……真っ白なアナタにそっくりじゃありませんか。詰めが甘くて、何かと浮ついているところもね」
 
 どくり。心臓が、嫌な音をたてる。彼の語りから、表情から、本能的に察知してはいた。これ以上、彼の話を聞くのは良くないと。けれど、どこかで”まさか”と思っている自分がいた。それに、もし彼が知っていたとしたら……。
 
「……つまり、何が言いたいの?」
 
 彼はこちらの問いかけに対し、待っていましたと言わんばかりの表情を浮かべて、口角を上げる。それから、コーヒーに沈ませたままにしていたスプーンを、魔法で操って。
 
「きっとすぐに馴染める、という話ですよ。純白の────天使のアナタも、澱んだ地獄の闇に」
 
 くるり、カップの中身がかき混ぜられると、マシュマロは跡形もなく溶けてなくなった。
 
「……なんで……どう、して……分かったの……?」
「分かりますよ! むしろ分かりやす過ぎるくらいです。無理矢理一人称や口調を変えたり、行儀の悪いフリをしたりとアナタなりに色々と努力はしていたようですが……心根、真の善良さというものは、隠しきれないものです。特に、この地獄ではね」
「……!」
「ああ、今だって否定すれば良かったじゃありませんか。"なんの冗談だ?"と言えば、正体がバレずに済んだかもしれない。でも、アナタは咄嗟にそれが出来なかった。容易に嘘がつけない証拠です。全くもって、悪魔らしくない。……だから言ったんですよ、"アナタは甘い"と」
 
 頭が真っ白になるとはこういうことかと思い知らされた。バレてた。しかも、よりにもよって、アラスターに。わたし、どうなっちゃうの? せっかくみんなと仲良くなれたのに……恨まれる? 殺される? でも、もしそうでなかったとしても絶対、今まで通りにはいかないだろう。
 
「……気づいてるのは、……」
「私だけのようですね。まあ、私もたった今、確に至りましたが」
「……っお願い、アラスター! 他のひとには……ホテルのみんなには、言わないで!!」
 
 鳴りの、化けの皮が剥がれていく。輝く光の輪に、白の左翼。使い物にならなくなったボロボロの右翼からは、きらりと羽根が舞い落ちた。
 
「……わたし、何でもするわ。本当に、なんでも……だから、お願いだから、誰にも話さないでほしい……」
 
 必死に希い、脆くわたしを見て、彼は楽しそうに嗤う。やがておもむろに立ち上がると、こちらに目線を合わせるように腰を曲げ、深紅の双眸と三日月形の歯を光らせて。
 
「そうですね。では……手始めに握手でもしましょうか、My Angle?」
 
 紳士的に差し伸べられた手に、自身の指を近づける。選択肢はあるようで、ないようなもの。怖い。けれど、相手が見知ったアラスターなら─────。

 
 一面に広がる緑がかった深い闇に、体駆が飲み込まれていく。真っ黒なコーヒーカップから漂う微かな甘い香りに、くらくらと脳が揺れた。

 
 
 

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