『愛だけを抱えて』







可能・手を繋いで・支配


「ただいま、Sweetie」
 
 一面がピンクに囲まれた部屋の真ん中。絵に書いたような天蓋ベッドの中で、静かに呼吸をする彼女に語りかける。
 
「今日も君の好きなぬいぐるみを持ってきたぞ」
 
 もう何個目になるか分からないそれを、そっと彼女の横に添える。ああ、なんて愛らしいのだろうか。こうして見ると、まるで人形のようだ。……そう、本当に。ここ最近の彼女は、人形のようだった。感情表現が豊かで、表情をころころと変える君は、今や見る影もなくなってしまった。ただ何も語らず、何も主張せず、静かにこの場に存在しているだけ。
 
 わかっている。原因は、俺にあるのだと。俺が君のすべてを奪ったのだと。だが、これは仕方のない事だった。君が俺ではなくて、別の男を選ぶから。君を手に入れるには、もはやこうするしかなかったのだ。
 
 可能ならば。俺だって君を無理やり連れ込むような真似はしたくはなかったさ。俺はただ、君と心を通わせて、手を繋いで、キスをして、笑いあって、普通の恋人のように愛し合いたいだけだった。そして何より、君に離れて欲しくなかった。
 
 ─────でも、そのどれもが叶わないというのなら。もういっそ、君を支配するしかない。何かを失わずして何かを手に入れるなど、そんな虫のいい話はない。物事には必ず、何かしらの代償が伴う。それが今回は、君の表情、感情だったまで。だからこれは仕方のないこと。その、はずなんだ。
 
「……たす、けて……」
「……!」
 
 未だに微睡みの中にいるはずの、君のうわ言に息を飲む。そして、形容し難い痛みが胸に突き刺さった。ぐるぐると巡り、熱をもち始める電子回路。頭が割れるような感覚がする。

 俺の求めるものは、本当にこれで合っているのか?
 
 そうだ。彼女を手に入れることが、俺の望みだ。
 
 それが彼女の本意でなくても?
 
 ……そうだ。
 
 俺の一方通行でも?
 
 ……そのはずだ。
 
 彼女が泣いていても?
 
 ……黙れ。
 
 彼女の意思を犠牲にしてまで得たいものなのか?
 
 ……うるさい。黙ってくれ。
 
 俺は結局、どうしたいんだ?
 
 黙れ、黙れ、黙れ!!

 生産性のない自問自答の繰り返し。一応俺の中にも残ってるらしい良心は、いつもこうして俺を苦しめる。いっそこんな感情、無くしてしまえば楽になれるだろうかとも考えたが、きっとそうしてしまえば、本当の意味ですべてが終わってしまう気がして憚られた。
 
 苦しい。苦しい。……なら、君は?
 
 再び彼女に視線を向ける。どこまでも美しい彼女に、そんな彼女が手の届く場所にいることに、漠然とした安堵感と、やはりずきりと突き刺すような痛みが走った。
 
 ……君には理解できないかもしれないが。俺はただ、君を愛しているだけなんだ。この胸に抱いているのは、君への愛だけ。この行動原理の全ては、君への愛ゆえでしかない。だからどうしてくれ、とは言わない。わかってくれ、とも言わない。だが、もしも。君がほんの少しでも、俺のことを……。
 
 そんな、ささやかなようでいて、途方もなく大きな願望は、行き先を探し、終着点を見失い、結局いつもこのぬいぐるみに吸い込まれる。彼女にまだ表情があった頃、好きだと語ってくれたもの。毎日一つずつ増えていくそれの数は、既に三桁は超えているだろう。どうか、どうかと。ひとつひとつ丁寧に、彼女の喜ぶ顔が想像できるものを選んで、贈り続けてきた。この部屋に溢れ返るそれの数々は、彼女への愛が途絶えていない確かな証拠なのだ。
 
「……君が起きたらまた来よう。ゆっくり休んでくれ」
 
 すやすやと眠る彼女の顔にかかった髪をするりと梳かして、歪な笑みを浮かべる。
 
 俺はこれからもずっと、彼女にぬいぐるみを贈り続けるだろう。苦しみ藻掻きながらも、これだけは忘れずにいたい。すべては、愛する君のために。俺の中ではっきりしているものは、これだけだから。

 
 
 
 

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