生前の恋人のことを引き摺っているあなたに対する彼の反応(アラスター)







「おや、まだ飲んでいたんですか」

ホテル内のバーでハスクとエンジェルとお酒を飲んでいると、彼に話しかけられて。

「まだって言っても、飲み始めてから30分も経ってませんよ?」
「そう言って以前、何時間も経っていたことを忘れたとは言わせません。あまり飲み過ぎないように。いいですね、my dear?」
「……分かりました。程々にしますね」
「good girl!それでは、後ほど夢でお会いするのを楽しみにしていますよ、darling?」

彼はふわり、こちらの頭をひと撫ですると、闇に溶けていく。

暫しの沈黙の後、「……ヒュー、相変わらずおアツいね」なんてエンジェルの言葉が飛んでくるから、「……もう、そういうんじゃないから茶化さないでよ」とジト目をする。

「……っていっつも言うけどさぁ、実際の所どうなんだよ? あの執着っぷりでなにもないわけないだろ?」
「少なくとも、エンジェルが期待するようなことは何もないよ」
「またまたぁ……ほら、今日の内に全部吐いちまえって。ここだけの話にしとくからさ。な、ハスク?」
「はぁ……アイツ関連のことで俺を巻き込むな。……だが、気にならないと言えば嘘になるな。相当気に入られてることは確かだろ」
「……」

彼に目にかけてもらえるようになったきっかけなど一つも思いつかないし、理由も分からない。が、彼らの言うように彼が目に見えて距離が近かったり、隙あらば話しかけてきたり、しまいには “my dear” なんて呼んだりしてきていることは事実で。

正直ここまでされてまったく彼を意識していない、とは言いきれない。むしろ、心のどこかで何かしらの感情が、日に日に大きくなりつつある。けれど、彼を一番にする決心はまだできていなくて。

「……ま、あの癖つよおしゃべりマン、何考えてるかよくわかんねーもんな。じゃあ、名前は? 実際のとこあいつのことどう思ってんの?」

そう尋ねてくれるエンジェルに、もしかしたら彼らならこの複雑な心境に対する解決策を挙げてくれるのでは?と僅かな期待を抱き、おそるおそる、「……実は私、生前の恋人のこと、今でも少し引き摺ってて……」 と口にする。

そして、刹那。ばちばちばち、と周辺の明かりが不吉な音を立てて。何事かと思い至るよりも早く、全身に言いようのない不快感が走る。

「……成程、そういうことでしたか」

ノイズ混じりの声。肥大化する大きな影。今、 背後にいるのは、おそらく。

「可笑しいと思っていたんですよ。ほとんど傾きつつある、もはや目の前にあると言っても過言ではない、なのに……いつまで経っても、貴女の心だけが手に入らない」

目の前を闇が覆う。瞬きをし、次に目を開けたときには、 そこにはなぜか自室が広がっていて。ああ、彼によってワープさせられたのだろうと、回らない頭の中でぼんやりと理解をする。そして、不意にとん、と肩に彼の手が触れて。

「……さぁ、名を言いなさい。死して尚、名前……貴女の心に居座り続ける、その忌々しい男の名を」

憎悪に塗れた、おどろおどろしい声色に全身が凍りつく。生前の彼が今どうしているかは分からないけれど、その名を口にしてしまえば、たとえどこへいようとも、どんな目に遭わされるかは明らかで。つまり、彼は遠回しに問うているのだ。“アラスターを選ぶのか、あの人を選ぶのか” を。

「恐れることは何もありませんよ、darling?ただ、名を口にするだけでいいんです」
「……わたし、は、……」
「……安心なさい、貴女が私を選んでくれた暁には、永遠に共に在ることを約束して差し上げます。貴女の魂が尽きる、そのときまでね」
「……」

“永遠” 甘い毒のようなその言葉。生前では果たし得ない、死後の世界ならではの、最上級の口説き文句。すると気づけば彼の甘言に促されるまま、「……彼の名は、───」と答えてしまっていて、そして。

突如、辺りに緑色の光が広がると、異形の大きな影が蠢き、次第に彼の高笑いが響く。おもむろに彼の方を向けば、そこにはいつも通り、にこりと笑みを浮かべる彼がいて。

「嬉しいですよ、my dear。貴女なら私を選んでくれると信じていました」

彼の手がゆっくりとこちらの頬にのび、するりと柔く撫でられる。その手つきは怖いくらいに優しくて、震えるほどに心地が良くて。

「……これでやっと、俺だけのモノだ」

支配欲を、執着心を隠さないその言葉に、なぜか胸が満ち溢れていく。自身が地獄に落ちたのは、このような所以なのだろう。誘惑に弱く、簡単に揺れてしまう愚かな心。

……あぁ、ごめんなさい。そう、相手もわからない誰かに懺悔しながら、ついに身も心も、彼の手に堕ちていくのだった……。





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