生前の恋人のことを引き摺っているあなたに対する彼の反応(ヴォックス)







「おはよう。君は今日も美しいな」

「今夜の予定は空いているか? 君さえよければ、一緒にディナーでもと思ったんだが」

「これを受け取って欲しい。なに、遠慮なんてしなくていい。もちろん後で対価を要求することもないから安心してくれ。これは、ただ私が君に贈りたかっただけなのだから」

会う度に歯の浮くような台詞をつらつらと並べる彼。最初はどんな女性に対してもこのような対応をするタイプなのかな、なんて思っていたけれど、彼を知れば知るほど、誰彼構わず積極的である質ではないことが分かるし、なにより仕事を第一とする彼にとって、 無駄な時間を浪費することなど言語道断。つまり、彼の行動のほとんどには生産性が伴っており、意味のない時間を過ごすことはありえない。それを踏まえれば、こちらに対する彼の言動のあれこれは、“ 猛アピール ” 以外のなにものでもないはずで。

地位、名誉、容姿、力等々、どれをとっても申し分ない彼にここまで一途に求められて、嫌な気分になる女性はほとんどいないだろう。しかし、こちらにはそれを容易に受け入れられない事情があって。

……これ以上、どっちつかずな態度を取るのは、彼にも迷惑だ。そう思い、ある日彼に、「……ヴォックスさん。私、実は生前の恋人のことを未だに忘れきれなくて……」と告白する。そのまま、「だから、こういうことをして頂いても、」 と続けようとするが、それは彼の一笑により掻き消されて。

「なんだ。いきなり改まって何かと思えば、今更その話をするのか?」
「……え?」
「そんなこと、もう随分前から知っていたさ。まさかこの私が気づいていないとでも?君の言動を考えれば想像に難くない」

まさか、彼が気づいていたとは。けれど、ならどうして彼はあのような行動を取り続けたのだろう。すると、そんな疑問が顔に出ていたのか、「でも、それの何が問題なんだ?」 と彼の声。

「君に生前の男より俺の方が魅力的だと思わせればいいだけだろう?」

少しの躊躇もなく、さも当然のことかのように言ってのける彼に、目を見張ってしまう。極めつけには、「それに、現に君は俺に揺れてきているはずだ」なんて言われるから、思わずこれには、え、と驚きの声が漏れる。

「俺の行動を嫌な顔せず受け入れ続けているのが、何よりの証拠だ。君の性格上、相手が上級悪魔だろうが本当に嫌なら “No” と言えるはずだ。今回のことも、一見罪悪感からきた発言のようにも読み取れるが……俺にはこう聞こえたぞ。“生前の恋人を忘れられない自分でも、好きでいてくれるか” ってな。違うか?」

そう訊いてくる彼だけど、その顔はどこか確信めいていて。どこからその自信は来るのだろう、とある意味感心してしまうが、図星でしかないため何も言うことはできない。じわじわと頬が熱くなっていくのを感じながら彼から視線を逸らすと、 フッと彼の笑う声がする。

「生憎、俺は機を待てる男だからな。すぐに答えを出すことを強いたりはしないが……」

そう言うと、彼はこちらの顎に指を添えて。

「……俺から逃げられると思うなよ?」

不敵な笑みを浮かべると、またな、と言い、近くの監視カメラに吸い込まれていく。

……なんて、駆け引きの上手い悪魔なのだろうか。こんな状態で一人にされてしまっては、彼のことを考えざるを得ないに決まっている。

高鳴る鼓動を感じながら、彼が消えた監視カメラの方を見つめ、明日は一体どんな顔をして話せばいいんだろう……と内心頭を抱えることとなった。





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