友人であるペンシャスが近頃はハズビンホテルにいるという話を聞いて。ホテルのメンバーの何人かは知り合いだったりするから、これから通うことになるかもな、なんて期待をしながら扉を開けると、目の前に広がるのは赤。そこには、まるでこちらを待ち構えていたかのように扉スレスレのところに佇み、笑みを浮かべる彼の姿があるから驚く。
「名前! ようやく来てくれましたね! 待ちくたびれすぎてもう少しでアナタを強引に拐ってしまうところでしたよ」
……サラッと怖いことを言われた気がするけれど、一旦それは置いておくとして。彼の言う、“ようやく” の意味に思い当たる節がなく、言葉に詰まる。
「どうやら、“また近い内に会いましょう” に互いの齟齬があったようですね。次からは、せめて3日以内と定義し直していただきたい」
そういえば彼と最後に会った日の別れ際、そんなことを言われたっけ……。さすがに今の今まで忘れてましたとは言えないので、「……えっと、もちろんアラスターともまたお話したいところなんだけど……実は今日は、ペンシャスに会いに来て。彼が今どこにいるか、アラスターは知ってる?」 となるべくやんわり尋ねてみたものの。返ってきたのは、
「HAHAHA!……なんの冗談です?」
まるでジェットコースターが急降下したかのような、見事なテンションの下がりよう。数秒にして纏う空気が氷点下に達した彼に、返す言葉を間違えたと理解する。
「……あー、その……」
「せめてもの慈悲でもう一度聞いて差し上げましょうか。……私に、会いに来たのでしょう?」
「……はい」
「良かった!思い出してくれたようでなによりですよ!」
さっそく中へと促す彼に、こちらは為す術もなく。半強制的に彼とのティータイムが始まるが、彼の雰囲気に違和感を覚える。さすがのトーク力で話は絶えず、いつも通り怖いくらいに口角を上げている彼だけれど、これは、おそらく。
「ねぇ、アラスター」
「なんです?」
「……もしかして、まだ少し怒ってる?」
「……」
試しに指摘してみると、表情を変えずに黙り込む彼。
「……アナタって本当に命知らずなお馬鹿さんですねぇ。まぁ、そういうところも個人的に嫌いではありませんが」
「……え?」
「仮に私がもし怒っていたとして。アナタは私に何をしてくれるんです?」
「それは、……」
「そういうことです。なにも返す気がないのなら、初めからそのようなことは尋ねないことですね。せっかく私がいつも通り接してあげているんですから」
その物言いからやっぱり彼の心中が穏やかではないことは明らかで。彼とはまだ物凄く親しいとまで言える間柄ではないけれど、彼をこのような状態のままにしておくことが賢明ではないことは判断がつく。絶対、後々に響いてくるに違いない。とはいえ、彼が最も欲しいであろうモノはさすがにあげられないし、どうしたものだろうか。
「……じゃあ、次ここに訪ねるときの理由を、“アラスターに会うため” ……にするとか」
なんだか少し自惚れたような発言で恥ずかしい。ちらり、彼の様子を窺ってみれば、
「……次? その1回きりだけですか? 私がその程度で満足するとでも?」
と彼の声。
「え?じゃあ……その次も?」
「それ以降は?」
「……なら、しばらく?」
「……アナタ、それわざとやってます?」
やれやれ、と言わんばかりの態度の彼に、やはりそう簡単に償いは出来そうもないか、と諦めながら、重い口を開く。
「……なら、 アラスターはどうしたら満足する? もし契約を求めてるなら、叶えられそうにないけど……」
「契約ですか……確かにそれも非常に甘美な響きですが、今はまだ求めませんよ。私が今、アナタに求めることは……このホテルに住んでいただくことです!」
「……え!?」
楽しそうにこちらを眺める眼は、その発言が冗談ではないことを物語っていて。そして結局は断るに断れなくなり、まんまと彼の手のひらの上。
ホテルにいるみんなは優しいし、友人のペンシャスもいるから何とかなるだろう……と思っていたけれど、そこから毎日のようにアラスターの “私に用があるんでしょう?” の押し売りが続き、周囲からあらぬ噂が立つわ、触らぬ神に祟りなし状態で誰も助けてくれないわで散々な目に遭うことになる。
ニャハ! と一人勝ちしたように笑う彼だけど、果たしてどこからが思惑通りだったのだろうか。そして、ここまで彼がこちらを求めてくれていることに、どこか喜びを感じ初めてしまっているこの心も、 彼の計算の内だったのだろうか。しかしどんな推察をしたとしても、真実は彼しか分からない。そうしてこちらは最後まで何も分からないまま、気づけば彼の手中から逃れられなくなっているのだろう。
「やっと私に堕ちてくれましたね、bambi?」
そう、彼に見下ろされる未来が、容易に想像出来てしまった。