最近恋人ができた友人に感化され、リリースされたばかりのマッチングアプリをインストール。プロフィール等、必要事項を記入し終えると、登録して間もない……というか数秒も経っていないのになぜか “♡” が届くから驚く。見境なく送ってる人なのかな……? と思いつつも気になりプロフィール画面に飛んでみれば、相手は【V】という名の男性のようで。顔写真が載っていない上、かなりハイスペックであることが窺えるため、少々怪しさを感じつつもとりあえず保留。
次に性格診断から相性の良い相手を探す機能を使ってみたところ、またしても現れたのは【V】。しかもマッチ率は100%。
……これってどうなんだろう。経験の無さから判断ができなくてしばらく悩んでいると、再び【V】からの反応が届く。
【はじめまして。悩んでいるのなら少しだけでも話すチャンスをくれないだろうか。君のことがとても気になっている】
どうやら次に届いたのはメッセージ付きいいね、というものらしい。意外とスマートな文体で、シンプルに嬉しい言葉が書かれていたことから、とりあえずこの人とマッチングしてみようかな、と思い♡を返してみる。
そしてその後、メッセージのやり取りでもかなり好感が持てる相手だと判断した結果、程なくして一度会ってみることに。写真は載せてなかったけれど、どんな人だろう。どきどきしながら待ち合わせ場所に立っていると、
「……夢さん、かな?」
とマッチングアプリ内のハンドルネームでこちらを呼ぶ声がして。振り返ると想像を遥かに上回るほど素敵な容姿の男性が笑みを浮かべているから目を見張る。
「もしかして……Vさん、ですか?」
「ああ、合っている。……しかし、驚いたな。君は画面越しで見るよりも遥かに美しい。こうして会ってくれて本当に嬉しく思うよ」
ぼふん、と顔が赤くなるのが分かる。生まれてこの方初対面でこんなにもベタ褒めされた経験など初めてで。
「……ありがとう、ございます。その……Vさんも、すごく素敵です」
となんとか答えれば、
「君にお眼鏡にかなったのなら良かった」
とフッと微笑まれて、更に身体が熱くなってしまった。
その日のデートはもちろん、最高の時間を過ごすことが出来て。終始紳士的で、気遣いは欠かさないし、会話も上手い。
三度目のデートを迎える頃には、ほとんど彼に落ちていたと言っても過言ではなかった。
*
そんなある日、ふとマッチングアプリの開発会社の[VoxTek Enterprises]に興味を持って。検索してみたところ、なぜか出てきたのは彼の写真。どうして彼が……!? と疑問に思ったのも束の間、写真の下に書かれていたのは[社長 兼 CEO]の表記で。……つまり、彼の正体は、このマッチングアプリを作った会社の社長だったのだ。
その事実が分かった瞬間、絶句した。まさか開発会社の社長が、自社のマッチングアプリを使うだなんて有り得るのだろうか。いや、普通はないはず。なら何故? ……まさか、被検体を探していた? それとも、マッチングの実績率を上げるために利用されていた……? 浮かぶのは最悪の可能性ばかりで。
……だめだ。もう、あの人には会えない。アプリ内のブロックボタンをタップする。胸が張り裂けそうに痛い。それは、彼との別れを惜しむ気持ち故か、利用されていた悲しみ故か。ぽたりと画面に落ちた涙の粒を見て、もうこんなにも彼のことを好きになってしまっていたのだと気付かされた。
*
気分転換に散歩にでも行こうと外に出て、 歩くこと10分ほど。ちかりと視界の端で何かが光ったかと思うと、突然目の前に彼が現れるから目を疑う。
「なん、で……」
漏れ出す声に彼は顔を顰める。
「……なぜ?それはこっちのセリフだ!俺をブロックしただろう!一体どういうつもりだ!?」
「っ……それは、あなたの方がよく分かっているのは……?」
「は? 君は何を、」
「だって、あなたは……このアプリを作った会社の社長なんでしょう……?」
つり上がっていた彼の目が丸くなる。ああ、やっぱりなんだ……と心が沈んで、引っ込みかけていた涙が滲む。
「……初心者の私を利用して、楽しかったですか……? ここは地獄ですからね、分かってます……でも、それなら……」
いっそ、もっと手酷く扱って欲しかった。あんなに優しくされたくなかった。……好きにさせて欲しく、なかった。ぽたぽたと地面にシミを作っていくそれが情けなくて仕方がない。これ以上こんな姿を見られたくなくて、彼に背を向けると、「待ってくれ!」という言葉とに背後から彼に抱き締められる。
「私は君の言う通り、あのアプリの開発者だ。だが、君を利用した事実はない」
「……なら、なんで」
「……君に、 一目惚れしたんだ」
「……え?」
どきり。予想だにしてなかった彼の言葉に、鼓動が鳴る。
「……私は君のことを、アプリを始める前から知っていた。君が地獄に落ちたその日から、どう接触したものかと気を窺っていてな。そんな矢先、君が我が社のアプリをインストールしたものだから、 私も使わざるを得なくなったわけだ。
……君をみすみす他の奴に捕られるなんて、御免だったからな」
どうして地獄に落ちた日から知ってたのかだとか、どうやってアプリをインストールしたことが分かったのだとか。疑問は色々あったけれど、今最も大切なのは、彼が贈ってくれた言葉の数々が嘘ではなかったということ。いつも余裕を見せていた彼の、少し不安を孕んだ真剣な声色。きっと、この言葉は真実だろう。それがわかった瞬間、胸に何かが込み上げてくる感情とともに、先ほどとはまた別の涙が溢れてしまう。
「……お願いだ。俺から離れていかないでくれ」
ぎゅ、と強められた彼の腕に、おもむろに手を重ねて。
「……ヴォックスさん」
「……!」
「……これからは、そう呼んでいいですか?」
控えめにそう尋ねれば、「っ……ああ、もちろんだ!」とどこか嬉しそうにも聞こえる彼の声に、心が満ちていく。
「良ければ、君の名前も聞かせてくれないか?」
「……私の名前は────」
……そのとき。彼に初めて名前を呼んでもらった瞬間の感情は、いつか魂が消える日まできっと忘れることはないのだろう。そんなことを思いながら、彼とまた1からの関係が始まった。