「……なぁ」
「んー?」
「……さっきから何やってんだ? 俺がいるってのにずっとスマホ弄ってるなんて、随分いいご身分だな?」
「ああ、ごめんね? 実は最近、出会いを求めてマッチングアプリ始めてみたからさ、 メッセージのやり取りがちょっと……」
「……は?」
「だからマッチングアプリを、」
と続けようとすると、がじゃん! と音を立ててテーブルがひっくり返される。
「え……急にどうしたの……?」
「……」
定期的に癇癪を起こす彼だけれど、今回のはどこにその沸点があったのか分からなくて戸惑う。明らかにイラついている表情の彼。ずん、とこちらの前に佇み、見下ろし、スマホを見据える。
「……ソレ、最近ウチで出たばっかりのやつか?」
「えっ?……う、うん……そうだけど……」
そして、そう答えるやいなや。なぜか先ほどまで不機嫌だった彼の表情が、今度はニタリとどこか悪どい笑みに変わって。
「……ああ、俺急用思い出したわ。今すぐヴォックスんとこ行かねぇと。じゃあな尻軽女、せいぜいメッセージとやらを楽しんでろよ」
と鼻歌でも歌いそうな雰囲気で部屋を出ていくから、ますます謎が深まる。
……しかし、その後彼の “あの” 行動の意味が明らかとなった。最初の1人目は何とも思わなかった。ただ、マッチした相手がこちらのことを別の女性の名前を呼んできただけ。この人とは縁がなかったな、と切るだけで良かった。けれど、それが2人目、3人目と増えていく事に違和感が募っていく。別の女性とのベッドの上での写真が送られてきたり、突然妻がいることを暴露してきたり。メッセージで問題がなくとも、いざ会おうとするといつまで経っても待ち合わせ場所に相手が来ることはなかった。
……確かにここは地獄だし、民度も高が知れてるけれど、こんなに上手くいかないものなの? そして、ふと頭を過ぎったのはあの蛾の悪魔のしたり顔。……まさか、彼が……? そんな疑念を抱きつつあったとき。
[……すみませんけど俺、他に彼女が出来て……]
またもや上手くいかなかったマッチング相手に思い切って、
[変なこと聞くけど、誰かに脅されてる?]
と聞いてみる。すると返ってきたのは、
[俺、本当は君と、]
という中途半端な言葉。それ以降はいくら問いかけても音沙汰が無くなってしまったが、やはりこれは彼が絡んでいるに違いないと、大した確証もないのになぜか確信していた。
*
「……ヴァル、どうしてあんなことするの?」
彼に問いただしてみたら、抽象的な言葉を使ったのにも関わらず、彼は 「やっと気づいたのかよ」と否定しなかった。
「どうして……? こんな嫌がらせ、酷いよ……」
「……嫌がらせ? ハッ!」
彼が鼻で笑う。問い詰めるように彼を見るけれど、次にはなぜかその瞳がゆらりと揺れて。
「……なんもわかんねぇんだな、お前は」
「……え?」
一瞬。ほんの一瞬、どこか寂しげな顔を見せた彼に驚きが隠せない。
「……消えろよ、今すぐにだ!」
そう叫んだ彼に従い、とりあえず彼の部屋を出ることにする。
……なぜ、彼があんな行動を? あんな表情を? 嫌がらせ以外だとしたらなんなのだろう。彼の部屋の前で、ぐるぐると思考を廻らす。マッチング相手を嫌がらせ以外の目的で消す理由って他にあるかな……彼にとって不都合だから? ……あれ、待って、それってもしかして……。そこでやっと一つの可能性に気がつき、ドアをノックする。
「ねぇ、ヴァル」
「……あ? 今日はもう戻ってくんな」
「ごめん、どうしても今言っておきたいことがあるの」
「……オイ、それ以上言ったらいくらお前と言えど、」
「私、一番身近な出会いに気づいてなかったみたい!」
「……は?」
「ねぇヴァル、ヴァレンティノ。私ってもしかして……あなたの隣に並び得る資格、あったりする?」
そう口にした刹那、ばん! と勢いよく扉が開かれて。腕を組み、じとりとこちらを見る彼が、口を開く。
「……あるって言ったら?」
「……ヴァルの、恋人にして欲しい」
「……ダメだ」
……それは、もう手遅れってこと……? 懇願するように彼を見ると、
「してください、ヴァレンティノ様……だろ?」
なんて言葉が降り掛かってきて。こんな傲慢ささえも微笑ましく思ってしまう自分は、想像していたよりも彼のことが好きだったのかもしれないと、今更ながら気付かされ、少し笑ってしまう。彼の要望通りの言葉を紡げば、
「……仕方ねぇな?」
とお得意の三日月形の笑みを見せてくれて、嬉しくなって仕方がなかった。