あなたに別の好きな人がいる世界線での彼ら(ヴォックス)







 初めはただ純粋に君を気に入っていた≠アの地獄に溢れ返る碌でもない有象無象とは一風変わった、穏やかな性格。従順に動きよく働く君は明らかに異質であったが、私はそれを好ましく思っていた。使いやすいという意味でも、また別の意味としても。間柄的にも、このままいけば付き合うだろうなという距離感で。君だったらまあ悪くはないか、くらいに思っていた。……しかし、それはすべて私の一人芝居だったのだ。
 
 モニター越しでも分かる、君の惚けた顔。目線の先は、当然の如く私ではない。ばちり、ばちりと電気が弾ける。……なぜ君はあんな大した取り柄もないド低級の惨めな負け犬風情を選んだんだ?流石に見る目がなさすぎるだろう!君はもっと優秀な人材だと思っていたんだがどうやら私の勘違いだったようだな!君には本当に失望したよこの尻軽のクソビッチが!! 無尽蔵に湧き出る憤りに身を任せ、目障りな光景を映し出すスクリーンに拳をぶつける。有り得ない。なぜ君は私ではなく、何を取っても私より劣るあの男を選ぶんだ? 
 
 ──好意は必ずしも優劣に左右される訳ではない──ああ、そうだろうな。そんなことは知ってるさ、分かってる。だが、頭では理解していてもどうしても認めることが出来ない。否、認めるわけにはいかない。これは矜恃の問題だ。私がヤツに負ける≠アとなど、あってはならない。悪魔としても、男としても。

  だから、その日からは今まで以上に君に尽くしに尽くした。きっと君が目を覚ましてくれることを信じて。だが、君は困ったように笑うだけだった。そして終いには「……本当にすみません、社長。私、実は好きな人がいて。ここまでしていただいても、なにも返せないんです」ときた。
 
 君は一体、どこまで私を虚仮にすれば気が済む? どうつけるつもりなんだ、この落とし前は? しかしまあ残念だったな。生憎私はそんな言葉で引くような達ではない。私はなんとしてでも君を手に入れる。そしてその後で今までの借りをたっぷり返して貰うさ! 今に見ていろ!!
 
 ……なぁ、本当に。私はこれ以上、どうしたらいいんだ。どうすれば、君のその視線が私に向く? 君が私のものになるなら、いっそ恥も外聞もプライドも建前もすべて捨ててやる。なんなら認めよう。私は君に焦がれている。心を掻き乱されるくらいに。胸が張り裂けそうなくらいに。
 
 だから、頼む。頼むから────これ以上、俺を惨めにさせないでくれ。





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