「サウンドウェーブ、少しいいか」
いつものように名前が書き終えた書類をショックウェーブの研究室へ届けた後、サウンドウェーブは彼に呼び止められた。
振り返ると、ショックウェーブは珍しく真面目な顔つきになっていることに気がついた。(普段から彼と接していない者から見れば、ショックウェーブの表情に変化があるようには見えないだろうが)
「どうした。名前の書いた書類は俺が見直したはずだが……何か不備があったか?」
ぴくり。サウンドウェーブが話した内容に、ショックウェーブはなぜか僅かに反応を見せた。サウンドウェーブはその反応に違和感を覚えている内に、ショックウェーブは口を開く。
「いや、これは個人的な内容だ」
「ほう?」
サウンドウェーブの口から思わず感嘆の声が漏れた。ショックウェーブは仲間は疎か、あのメガトロン様にさえ、進んで自身を語ることを避けてきた。サウンドウェーブはそんなショックウェーブだからこそ、この言動にとても興味を持った。
「お前が自らのことを話題に出すとは珍しいな。何だ、言ってみろ」
「では単刀直入に問おう。お前は名前に恋慕の情を抱いているのか?」
…………。
「………………は?」
「お前はサラに恋慕の情を抱いているのか?」
rennbo レンボ れんぼ
「…………たった今お前の口から聞こえ難い単語が2度も聞こえてきたのだが、俺の聴覚モジュールは正常か?」
「スキャンしたが極めて正常だ。故に、今お前が感知した音声データは正しく、それは私の問いとも合致する」
ショックウェーブの口からその単語が放たれたという事実を信じ難かったのも無理はない。ショックウェーブとは、サイバトロン星で戦争が始まる前から今までとそれなりに長い付き合いになる。そしてお互い情報参謀・軍事作戦司令官として敵軍は疎か、自軍にさえ敬遠されるような存在だったため自然と接する頻度は高くなった。波長が合った、というのが適切な表現かもしれない。
その中、彼の口から色恋沙汰の話題が出たことは一切無い。慰み者、いわゆる愛人に関する噂が立ったことも一度たりともなかった。以前、エンジェックス<酒>の勢いのままにそういうものに興味はないのか尋ねたところ、
『個体間でそのような情が芽生えること自体には少し興味がある。しかしそれを経験したことがない者から言わせると、それは実に非合理的だ。生産性が無い上に、その情は自身の弱みに繋がる。今のところそれに時間を費やすメリットは見当たらないな』
との事だった。(ちなみにこの事件が俺にとっての黒歴史となり、以来エンジェックスを1杯以上飲むのを禁じたのは別の話だ)
ショックウェーブのすることといえば研究室に籠って黙々と研究を続けるか、彼の相棒・ドリラーと共に戦場で暴れるかであった。サウンドウェーブとしても、彼からこの手の話題を聞くことは、自身がオールスパークへ還ったとしても聞くことはないだろうと思っていた。そう、今までは思っていたのだ。
「………………………………恋慕?」
「そうだ。答えろ。正しいか、否か?」
「…………そのような事実は全くないが」
「そうか。時間を取らせてすまなかったな。ではもう帰っていいぞ」
「いやちょっと待て」
「?」
サウンドウェーブは、ショックウェーブをこのまま見逃すはずがなかった。彼から初めてその話題が出たとなれば、星がどこであろうと相手が他種族であろうとなんでも良かった。ただ純粋に、長年の同僚として、彼の変化を確かめたいという好奇心があった。当の本人はもう用は終わった言わんばかりに俺に背を向け、試験官を片手に研究に勤しんでいるようだが。
「なぜそのような質問をした?」
「興味があった。それだけだ」
「…それはどちらに?俺か、それとも名前に?」
「それは考えてはいなかったが、どちらかというと後者なのだろうな。お前に対して深く知りたいと思ったのは未だかつてその優れた情報処理能力…いうなれば研究対象としてのみだ。個人的な内容については俄然興味が────」
「分かった。聞いた俺が悪かった。俺についてはもうそれ以上言わなくていい。それより名前のことについてもっと詳しく教えてくれないか。」
「詳しく?もう少し具体的に説明してくれ。」
ショックウェーブに変な問いをぶつけたせいでやけに遠回しになってしまった。サウンドウェーブはバリケードなどに比べれば、色恋沙汰について得意という訳ではない。しかし、自身の中にある知識と経験を総動員させ、踏み込みすぎず、かつわかりやすく慎重に質問を考えた。
「そうだな……例えば、彼女といると他の者とは違った行動や言動をしたり……何かお前自身に変化はないか?」
サウンドウェーブの言葉に反応を示したショックウェーブは、なんとも言えない不気味な色をした謎の液体を試験官から試験官へと移す作業を止め、何か思いついたような素振りを見せた。
「変化……ああ、そういえば────」
こんこん
「すみませんショックウェーブさん、今大丈夫ですか?」
「、」
ちょうどショックウェーブから核心を突く答えが聴けそうだというところで、控えめなノック音と共に名前の声が聞こえてきた。そして次には誰かの息を飲む声がした。
刹那。
がっしゃーん。と。けたたましい音を立ててショックウェーブは手にしていた試験管を豪快に床に落した。
「え!?今すごい音しましたけど大丈夫ですか!?」
ドア越しの名前声色は酷く慌てていた。無理もない。部屋の主に入室許可を貰おうとして声をかけた瞬間に突然破壊音が聞こえたら、ほとんどの者は驚くだろう。
「…………いや、問題ない。私が呼ぶまで少しそこで待っていろ」
「わ、分かりました……」
ショックウェーブは何事もなかったかのようにせっせとガラスの破片と液体を処理する。サウンドウェーブはというと、ショックウェーブの行動に驚きを隠せず、しばらく文字どおり固まっていた。しかし突然はっと我に返り、冷静に状況を見極めていった。徐々に、一連の出来事と先程の問答で自分の感じ取った事とがリンクしていくのが分かった。
「待たせたな、入れ。」
「は、はい!失礼します。」
名前は恐る恐る、といった様子で静かに部屋に入ってきた。サウンドウェーブはショックウェーブと彼女とのやり取りで、自分の導き出した結論に根拠をもたらすような事が起きるのを期待した。
「あれ?サウンドウェーブさんもいたんですね。
てっきりショックウェーブに話題を振ると思っていたサウンドウェーブは、思わず少し動揺した。しかし、ショックウェーブ同様、何も無かったかのように振る舞うことに努める。
「お前の書類の見直しを終え、ちょうどショックウェーブに届けに来ていたところだ」
「えっ、あの量をもう見終えたんですか!?さすがですね!いつもありがとうございます!」
「書き直させる手間を省いているだけだ。お前が気を使うことは無い」
名前はオートボットとの和平後、誰よりも早くディセプティコンと打ち解けた。彼女の持ち前の明るさと、無邪気な笑顔には誰もが簡単に折れていった。俺たちは名前のような純真な心を持つ者を求めていたのではないか、などとらしくないことを考えるあたり、俺も名前に絆された者の1人なのだろう。
ヒューマノイドシステムを搭載し人間の姿に模すことで、人間と共に仕事をすることになった俺たちだが、依然として人間に対して冷たい態度をとる者はいる。しかしそんな者達も、彼女とはまともに話せているのだ。そのため彼女は上からディセプティコンと関わる仕事を任されるようになり、俺やショックウェーブとはほぼ毎日のように接している。
まだ決定した訳じゃないが、仮にショックウェーブが彼女への情を育んでいたとして。まあ、他の人間と比べれば、案外分からなくもないなと思ってみたり────
「………………」
ぎん、と。鋭い視線がショックウェーブから向けられる。スパークが冷える感覚にぞくりとした。ショックウェーブはそのまま、なぜか母国語で話しかけてくる。
«……サウンドウェーブ、貴様嘘をついたな?»
«断じて、そのような事実はない»
«スパークに誓ってか»
«ああ。もしこれが嘘なら喜んでスタースクリームの下僕となろう»
«……一先ず信じるとしよう»
「あの……今、やっぱり2人で重要な話してました?それなら後でも……」
「いや、構わない。何の用だ」
「はい、この資料なんですけど……」
「(なっ……ショックウェーブの体内温度が平均値を大幅に上回っている……!)」
おそらく忙しなく働く回路に処理が間に合わずに熱が発生しているのだろう。おまけに激しい駆動音がこちらにも聞こえてくる。
なぜ平然としていられるんだ!?
普通の奴ならショートしていてもおかしくないレベルだ。
「なるほど、そういうことでしたか……!丁寧に説明してくださってありがとうございます!では、失礼しますね」
「ああ。ご苦労だった」
ばたん。彼女が部屋を後にする。すると俺はすぐさまショックウェーブにとある問いかけをした。
「……ショックウェーブ、先程お前が言おうとしたことは、名前の前だといつも“ああ”なるということか?」
「実に抽象的な表現だな、サウンドウェーブ。お前の言う“ああ”を正確に汲み取れているか分かからないが、もし彼女と接することで情報処理能力が著しく低下し、体温上昇や判断力が鈍くなる現象が起こるかという意味なら、答えはYesだ」
「……お前はその現象をどう捉えているんだ?」
「結論から言うと、現状は原因不明だ。しかし、おそらく原因は私にあるというのが妥当だろうな。この異変に気づいてから彼女を何度かスキャンしたり、インセクトロンに彼女の動向を探らせたりしたが、特に怪しい様子は見られなかった」
……やはりか。
「ショックウェーブ、俺はその現象の名を知っている」
「名称?……ふむ、前例があるのか。詳細を頼む」
「それは、恋だ」
«……………お前は私をからかっているのか?»
「驚いて母国語を話しているところが何よりの証拠だ」
「……根拠を聞こうか」
「逆になぜ理解できない?俺との仲に嫉妬し、笑顔で見上げられるだけで熱を放ち、肩が触れ合うだけで動揺する……これがあいつに対しての恋愛感情でなかったら一体なんだというんだ。」
まぁ、相手は人間だ。あの恋というものからかけ離れて生きてきたショックウェーブが動揺するのも無理はな────
「そうか」
「?」
「今、全てを理解した」
「は?一体何を、」
「どうやらお前の言う通りのようだ。私は名前に恋愛感情を抱いているという結論に至った。よって、責務に追われる前にこの思いを彼女に伝えてこようと思う」
今からきみに告白します
(溢れるこの気持ちを)
(今すぐ君へ)
「は!?流石にそれは唐突すぎないか!!?」
「一般的に恋をしたら告白というものを行うのだろう?この手の知識には疎いが、少しでも対処法を知っていたのは幸いだったな」
「いや、物事には順序というものがあってだな……!」
「お前には感謝している。礼は後でしよう」
「おい!早まるなショックウェーブ!!」
title by[初々しい恋10題](「確かに恋だった」様)
2021.2.22