もしもあなたが彼らの契約主だったら(ヴォックス)







 彼は自身の立場を弁えた態度をとっている。楯突くことも否定することもなく、従順に主に仕える様子は、宛ら執事のよう。
 
「おはようございます。本日の私のスケジュールですが、」
「そう毎日言わなくて結構よ。いつも通り、私が暇になったら呼び出すわね」
「……しかし大変恐縮ですが、今日は1日中外せない仕事が入っておりまして、」
「そう。でもそれは貴方の都合でしょう? 私になんの関係があるというの?」
「……失礼致しました。何かあれば、いつでもお呼びください」
「言われなくてもそうするつもりよ。……朝から気分を損なったから、今日は一日私の首輪をつけて過ごしなさい」
「は、」
「貴方の痴態が地獄中に晒されるなんて面白そう。呼び出しはしない代わりに、スクリーンから見守っててあげるわね」
 
 ぱちん、と指を弾いて彼に首輪をつける。普段は見えていない、彼が周囲に隠したくて堪らない確かな契約の証に、自然と上がる口角。僅かに強ばった表情と、ぎりりと歯を軋ませ堪える仕草を見逃さない。
 
「世間には上手く隠しているみたいだけれど、それもいつまで続くのかしらね。地獄の中でもそれなりの権力を持つ貴方が、実は一人の悪魔の従順なペットだなんて。ふふ、自分のスキャンダルも自分で報道するのかしら?」
「……っ」
 
 バチバチと煌めく彼のアンテナ。下を向いていた彼の顔を上にあげ、無理やり悦に浸るこちらの表情を見せつければ、バチンと一際大きく電気が弾けた後、壁に身体を押し付けられて。
 
「……これは、あなたの身を慮っているが故の、私からの忠告ですが」
 
 それは平静を保ちつつも、普段より低い声色。
 
「そう余裕ぶっていると……いつか、痺れを切らした飼い犬に、喉元を噛みつかれますよ」
 
 スッと細められた赤い瞳。ぐるぐると回る左目は、彼の心情を物語っていることだろう。ぞくり、背筋が粟立つ。きっと、ずっとこのときを待っていた。興奮で身体中に熱が巡る。
 
「あら、いいわね。楽しそう」
「……随分と余裕なんですね。あなたの言う"従順なペット"の本性を意外に思わないのですか?」
「意外?まさか。貴方、澄ました顔しているつもりのようだけれど、いつも私をどんな目で見ているか知らないのね。貴方が私に噛み付こうと首元を狙っているのは、今に始まったことじゃないでしょう?ずっと、最初から。私と契約を交わす前から、そう思っていたはずよ。いつか絶対私を従わせてやるって」
「……!」
「野心に燃えるのはいいことよ。だからこそ、貴方は今の地位を手に入れて、のし上がった。私も、貴方のそういうところを評価しているわ。だから…これからもせいぜい私を退屈させないでちょうだいね? 私の可愛いわんちゃん」
「……、」
 
 彼はひくりと眉を歪ませるも、長い長い沈黙の後にこちらを解放して。
 
「……なぜ私が貴女を従わせたいのかは、訊かないのですね」
「……?」
「いえ、ただの独り言です。……ご期待に添えるよう、尽力しましょう」
 
 そう言い放つと一歩下がった。未だにメラメラと燃えている彼の双眸。上級悪魔なんて地位はつまらないだけだけれど、貴方のために。貴方がずっとこちらにだけその目を向けてくれるために、強く、気高く在り続けたい。 いつか貴方に噛み付かれるであろう、その時まで。首輪のついた愛しい彼を見て、密かにそんなことを思った。





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