末端冷え性の武将の名前、冬場の調練が辛い。
「いきなり寒くなるなんて聞いてないよ……」
今日は途端に冷えたため、思うように動けず歯痒い思いをする。吐いた溜め息が真っ白なことにすら嫌気が差し、再び白い吐息を漏らすしかなかった。一方、手合わせした楽進は名前の異変に気づいて声を掛ける。
「名前殿、どこか体調でも優れないのでしょうか? 恐縮ですが本日の名前殿は本調子でないように思えまして……」
目敏い彼に驚きつつも訳を説明すれば、「なんと、そのような事情が……」と考え込んだ後、「……でしたら、僭越ながら私が貴女の手を温めましょうか?」と提案する彼。
「幸い私の手は年中温かいので貴女に暖を分けて差し上げられます。……失礼ですが手に触れても?」
こくりと頷くと彼に手を取られる。そして彼は両手で名前の手先を丁寧に包み込んだ。じわり。彼の温かい手のひらから熱が伝ってくる。……すごい。悴んだ指先が感覚を取り戻していく。これならちゃんと動かせそう。
「……どう、でしょうか?」
おそるおそる覗き込む彼に心からの感謝を伝えれば、ホッとした顔で微笑む彼。
「私でよろしければ、冬場の調練前は貴女の手をこうして毎日温めさせてください!」
それから、彼と手を握り合うだけの不思議な関係が始まる。
「おはようございます名前殿! お手をどうぞ!」
調練前、決まって手を握ってくれる彼。堂々とするものだから周囲の目が恥ずかしく身体まで熱くなってしまう。それから名前は段々と"彼に触れられること"自体に熱を持つようになるし、楽進の方も名前の手を握ると熱が増すようになっていたりする。
さらに、調練前だけのその行為はやがて日課になる。執務前、外出前、そして戦の前。
「名前殿、ご武運を」
「はい、楽進殿も」
冷えた手だけじゃない。彼の熱は不安や恐怖さえもあたたかな勇気を宿してくれる。彼は名前にとって、もはや色々な意味で無くてはならない存在になってしまった。
しかし、どうしたって時は進む。季節は巡る。
小鳥たちの楽しげな囀りに目を開ける。窓の外を見れば、満開の桃の花が咲き誇っていた。あたたかい春が訪れた。……訪れて、しまった。温もりの宿った手先に気分が沈むだなんて、初めてのことだった。あれだけ嫌悪してた冬を恋しく思うのも、初めてのことだった。ずっとずっと、寒かったら良かったのに。だってそうしないと、私は彼と─────
「……今日はあたたかいですね、楽進殿」
調練前の彼に声を掛ける。
「……そうですね。いい調練日和です」
……本当に終わってしまったんだな、と彼の返した言葉で理解する。こんなことなら、昨日のうちにもっと堪能しておけばよかった。いきなり暖かくなるなんて、聞いてない。
……あれ? そういえば、あの関係になる以前の彼とはどう接して何を話してたんだっけ。降り注ぐ沈黙に、彼との距離すら遠くなってしまったような心地がして胸が苦しくなる。ああ、私、いつの間にか彼のことがこんなにも……。
「……でしょうか」
初めの言葉は、ぼうとしていてよく聞き取れなかった。
「すみません、考えごとをしていて……もう一度言ってもらえますか?」
すると、彼の顔がぼふんと赤くなる。えっ?その反応は一体……? と思いながらも彼の様子を窺う。僅かに目を揺らして赤い顔でこちらを見ていた彼だったけれど、次にはふと真面目な目つきに変わって。
「……寒い日も暖かい日も、いつどんな季節が訪れても……貴女の手を握っても、いいでしょうか? 私と、そのような関係が許される仲に……なっては、いただけないでしょうか」
全身に熱が巡った。体中が茹だるようにあつくてあつくて、涙まで滲んできた。
「……もちろんです!」
だから耐えかねたその熱を彼に分け与えようと彼の手のひらに触れた。それはあたたかい手と手を重ね合わせることの意味を、幸せを、初めて知った瞬間だった。
そして私の手はそれ以降、寒さを知ることはなかった。