「片思いの男が忘れられないので一晩だけでいいから抱いてほしい」って言ってみたら(徐庶)







「……君は俺を、その男の代わりにしようっていうのかい?」
 
 地雷原でレッツ・タップダンス。この手の話をしてはいけない男ランキング(当社比)第1位の座にぶっちぎりで君臨しているこの男に打ち明けてしまった時点で正直もう救済の余地はない。言ったが最後、そこから入れる保険は皆無。地獄へようこそ。
 
「代わり、っていうか……好きな人以外に抱かれたら色々衝撃もあるだろうし、忘れられるかなって……」「……」
「一度だけでいいの。それ以降は絶対に頼んだりしないし、その後も一切何もなかったことにするから……」
「……」
 
 最早彼に掛ける言葉の全てがド地雷でしかない。が、無意識に地雷原に地雷投げていることに気付かない。彼の心情を窺おうとするけれど、全く感情が読めなくて。敢えて言うとしたら昏い、というか。思わず背筋がぞくりと粟立つような、底のしれない瞳に物怖じしてしまう。
 
「……ごめん。徐庶のことだし、気の進まない内容でも親友の頼みだと断りづらいよね。無理なら他を当たるから、私のことは気にしないで正直に答えて?」
 
 彼をフォローするつもりで放った言葉も、地雷原の一斉爆破を仕掛けてしまっただけ。 これが本当の終わりです。
 
「……ああ、本当に、君ってひとは。つくづく俺を狂わせるのが上手いらしい」
「……え」
 
 ぞく、ぞく。胸の奥を這いずるような、鼓膜を震わす重低音。一瞬、それが彼の口から放たれた声だと認識することが出来なかった。彼の、歪んだ表情を見るまでは。
 
「俺が邪な感情を抱いていることにも気づかず俺を友人だなんだと称して傍で笑って……挙句にこんなことを言ってくるなんてさ。そんな名前が愛しくて愛しくて、いっそ憎らしいくらいだよ」
 
 それは、一瞬のできごと。動揺する暇も与えられないまま、こちらの身体は彼に拘束されて、身動きが取れなくなる。
 
「……想い人を忘れるため? 一晩だけ?その後はなかったことに? 他を当たる? ……はは、すごいな。俺の言われたくない言葉を見事全部言ってみせたね。名前の鈍さもここまで来ると逆に感心してしまう」
 
 彼が、怖い。そう思ったのはこれが初めてのことだった。だってこちらの知っている彼は、いつもへらりと笑っていて、友人思いで、何でも相談に乗ってくれて……。そこまで考えて、気づいてしまった。こちらを友人だと思っていなかったのなら、いつもどんな気持ちで相談に乗っていたのか?本当に彼はいつも笑っていたのか?それもこれも全部、こちらを思うが故に取り繕っていたことだったとしたら……。
 
 ───絶句した。もしも自分が逆の立場だったらと思うと戦慄してしまう。ああ、私は彼になんてことを。
 
「……ごめんなさい、徐庶。私、自分のことに精一杯で、全然気づかなくて……でも、今わかった。徐庶の気持ち、わかったから、だから」
「いいや、分かってない」
 
 こちらの言葉を遮り、彼はきっぱりと言い放つ。
 
「名前は何も分かってないよ。分かるはずもない。俺が君にどんな感情を向けていたか、どんな思いで傍にいたか……それを知っていれば名前はとうに、俺から逃げ出しているはずだから」
 
 自嘲気味に歪む口角。暗い、昏い双眸は、どこまでも澱んでいて。……ああ、もう、後戻りはできないのだと。それを見て、全て悟ってしまった。これはきっと、罰だ。自身のことしか考えられず彼の心を疎かにしてしまった、許されない罪。今この瞬間、図らずもあの人を忘れられているというのに、少しだって喜べそうにない。その対価は、あまりにも重すぎた。
 
「……言うべきじゃないとわかっている。でも、言わせてくれ。───名前を愛している。 ずっとずっと、 前から」
 
 ……そうして。
 私は彼の尽きるのことない愛を受け、 犯した罪を悔いながら、身も心もすべて、彼のことだけで満たしていくのだった……。





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