「片思いの男が忘れられないので一晩だけでいいから抱いてほしい」って言ってみたら(趙雲)







「……お前は私がそれを二つ返事で承諾する男に見えているのか? それとも、咎められることを分かっていて聞いたのか?どちらにせよ、心外と思わざるを得ないな」
 
 びりりとした空気が流れ、 肌が粟立つ。低い声色、険しい表情。怒っている、あの趙雲が。……けれど、今になってみればこれは当然の結果だと思った。心が沈んでいてつい、優しい趙雲なら何も言わずに受け入れてくれるかもしれない、だなんて考えてしまったけれど。仁を重んじるあの趙子龍が、こんな要求を快く受け入れるわけがなかったのだ。例え相手が、仲のいい友人であっても。……見損なわれたかな。少なくとも彼のような人に持ちかける話ではなかったと反省する。

「……不快にさせてしまってごめんなさい。 この話は聞かなかったことに?」
「待て」
 
 居た堪れずに去ろうとすると、手首を掴んで引き止める彼。ここに、と言いその場に座るよう促されると、二人並んでそこへ腰を下ろす。彼の顔が見れなくて、床の木目を眺めた。
 
「……私が怒っているのは分かるな?」
「……うん」
「では、その理由はわかるか?」
「……不名誉な事を頼んだから?」
「違う。……お前が己を軽んじるようなことを言うからだ」
 
 どこか寂しげに、そう言い放つ彼。予想とは異なる答えに少し戸惑う。
 
「その身を安売りし、半ば心にもないことを言って、なぜ己を傷つけようとする? 私は、お前自身をもっと大切にして欲しいと思う。なにせ私にとっておは、……掛け替えのない存在だからな。お前を傷つけるものは、例えお前自身であっても許せないのだ」
 
 ……ああ、なんて、優しい怒りなのだろう。向けられる言葉はすべてこちらを案じる言葉たち。それらがじわりじわりと胸に溶け込むと、徐々に視界が霞んでいく。すると雫が流れるか流れないかのところで、彼の胸に抱き寄せられた。
 
「……すまない。つい説教ばかりになってしまったが……お前が安易にこのようなを相談をする者ではないことはわかっている。それほどまでに思い詰めていた結果だったのだろう。……今まで辛かったな。こうなるまで気づいてやれなくてすまなかった」
 
 その言葉でついに、堪えていた涙が溢れ出す。ゆっくりと背を撫でる手があたたかい。抱え込んできた苦しみに気づいてくれた嬉しさのようなものが湧き上がると同時に、なぜ彼にあのような愚かな頼みをしてしまったのだろうと後悔に苛まれた。
 
「……私、きっと趙雲のことも傷つけちゃったよね……ごめんね、言われるまで気づけなくて……」
 
 ある程度落ち着いた後、彼の胸から離れてそう零せば、一瞬驚いたような顔をする彼。けれど、次には目尻を下げて微笑んで。
 
「……お前はやはり優しいな。しかし、私は大丈夫だ。私のことはいくらでも傷つけてくれていい。だからこれからは、自身に向けようとしている矛先をどうか私に向けてくれないか? 私はそれをすべて往なして、受け入れてみせよう。……他ならぬ、大切なお前のために」
 
 どこまでも優しくて眩しい、仁徳の鏡のような彼。慮ってくれるのは嬉しいけれど、そんな風に言われてしまっては、勘違いしそうになってしまいそうだ。
 
 ────しかし。 それが勘違いなどではなかったこと、直接的な言葉を使わなかったのはそれも彼の優しさであったことに気がつくのは、もう少し先のお話。






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