ロディ・ソウルと貢ぎたい女





*没になった短編



その日も、いつもとなんら変わりない日常だった。

オセオンの外れにある、とあるトレーラーハウス。
ロディ・ソウルの朝は早い。とは言うものの、それは体に定着しきっているので、特に苦ということはない。未だすやすやと眠る唯一無二の愛しい家族に布団をかけてやると、彼は勢いよく体を起こす。それから努めて静かに顔を洗い、歯を磨き、お馴染みの服に着替え、…。そう、本当にいつもと変わらない時間を過ごしていたのだ。今日、この時までは。

「…え、えーと、アイキャント、スピーク、イングリッシュ、ウェール」
「ははは!大丈夫だよ、おねーさん。俺が教えてやるからさ」
「そうそう、こっちおいでよ」
「ノーノー!ノーサンキュー!」

「(……なーんか騒がしいと思ったら、こういう事ね)」

仕事を終え、街で買い物をした帰り道。路地裏で揉めている人の声がした。ロディはこっそりとその現場まで近づいていくと、それを見た。見るからにガラの悪い連中に、1人の女性が絡まれていたのだ。それは最早、ここらじゃ見慣れた光景。しかし、ロディは何故かその様子に釘付けになってしまっていた。

「(…はぁ、頼むから余計なことすんのだけはやめてくれよ?俺)」

そう思う心と裏腹に、ロディはその場を一歩も離れられなかった。彼をここに留まらせる原因はきっと、“あの出来事”。

『困っている人を見捨てることなんて出来ないよ!』

ロディの脳内に、海の向こうへいる友の姿が浮かび上がる。

「(……きっと、デクなら)」

すぐに駆け出していき、いとも簡単に女性を助け出せてしまうのだろう。あの時みたいに。

でも、ロディは彼とは違ってヒーローでは無い。ロディは確かにデクと共に死地を乗り越え、家族の真実を知り、夢を諦めないことを決断することが出来た。だが、ヒーローになろうとは思った訳では無い。まぁこの個性じゃ、なりたいと思っても無理なんだろうが。ロディは肩に乗る鳥型の小型生物、ピノをチラリと見る。ピノは、ギロリと鋭い眼光で男達を睨みつけていた。

「(…………悪ィな。)」

ロディは静かに踵を返す。助け出すのが容易なら、もしかしたら少しちょっかいを出すくらいはしたかもしれない。が、アイツらは相手にするとちょっと厄介な連中だった。それに、この場であの女性を助けてしまうと、これからあのような人を何人助けることになるのか…という問題もある。それくらい、ここらでこの光景は頻繁に起こることなのだ。というかそもそも、こんな目に遭いたくない奴はこんな治安の悪いところに来ない。嫌がるふりをして、そういう目的のためにここに訪れる女性だってかなりいる。

「(……そういやあの人、日本語訛りだったな)」

ふと、ロディはそんなことを思った。ロディは以前デクたちと話した際、日本人特有の英語の話し方を理解していたのだ。あの女性は、まさにその話し方だった。ついでに言えば、お世辞にもデク達より英語が上手いとはいえなかった。そして、ここらには全く詳しくない様子だった気もする。大方、観光として訪れ、道を尋ねた相手がアイツらだった、という流れだろう。……まぁ、こうやって観光客を狙う例も珍しくはない話、だが。

「(はぁーーー…クソ……)」

ロディの足は完全に止まっていた。あの女性と男達の声が聞こえるか聞こえないか、ギリギリのところで。行くか、行かないか。ロディは迷い続けた。すると次の瞬間、一際大きく叫ぶ女性の声が耳に入った。

─────────たすけて!

シンプルかつ伝わりやすい、その言葉。離れた場所でもはっきり聞こえた。

バサバサッ

「っちょ!おい、ピノ!!」

女性の声が鳴り響いた途端、ピノは勢いよく声の元へ飛び出して行ってしまった。…こうなればもう仕方ない。ピノが飛び出して言ってしまった手前、もうあの男達と衝突するのは避けられないだろう。ロディはやれやれ、といった風にため息をついた。しかし、ロディの胸はやけにスッキリした気持ちでいた。ピノが飛び出してから、それを追って駆け出したときから、ずっと。

「───離してください!!」
「姉ちゃん英語喋れんじゃん〜嘘ついてたのかよ?」
「はは、いいじゃんそっちの方が伝わるしさー」
「てか俺、アジア人って初めてかも〜…ってうぉ!!!?」

ピノは轟速で男達の元まで飛んでいくと、女性の手を掴んでいた男の顔面に突撃した。すると、その衝撃から手を離した男のおかげで、女性は一瞬体が自由になる。その瞬間を、ロディは見逃さなかった。

「舌噛むなよ、レディ?」
「え、…わっ…!?」

ロディは器用に女性を横抱きにし、即座に駆け出していく。男たちはその光景を見て一瞬ポカンとしたが、状況を理解するやいなやロディ達を追いかけ始めた。

「テメェ待ちやがれ!!」
「へっ、出来るもんなら…やってみろ、っての!!」

ロディはお得意のパルクールで男達からどんどんと距離を離していく。ロディはかつて運び屋をしていた。ときには彼女よりもうんと重い荷物を運び、ときには恐ろしいギャング達からだって逃げ仰せ。そうやって幾度となくピンチを乗り越え、やっとの思いで家族を養ってきた。そんな彼にとって、身軽な女性を1人抱え、何度も追っ手を巻いてきた逃走ルートを辿ることは朝飯前、…は言い過ぎかもしれないが、不可能なことではなかった。

階段を駆け上がり、建物の屋上を飛び越え、手すりから滑り落ち、塀を乗り越える。運び屋時代に抱えていたどんな大事な荷物達よりも慎重に、気を使いながら。

「(……へぇ、俺って案外やれんじゃん)」

風を切りながら、飛び、跳ね、滑り、駆ける。久しぶりのこの感覚に、思わず頬が緩む。生きるために身につけたこの特技だが、ロディは結構気に入っていたりした。

後ろの様子をチラリと窺うと、もう追っ手の気配はない。ロディはその場で女性をそっと立ち上がらせてやった。

「…悪いな、だいぶ手荒になっちまって。怪我はないか?」
「えっと…はい……大丈夫、です」
「…あんた、日本人だろ?あそこら辺は治安が悪いんだ。次あんな目に遭いたくなかったら、もう近づくなよ。ちなみに、この辺はわりと大丈夫なところ。宿でも借りたいならここらにしときな」

ロディはそう言い残すと、ひらひらと手を振ってすぐにその場を去ろうとする。すると、女性はロディの手を引いて彼の動きを止めさせた。

「…助けてくれたんですよね?ありがとうございます、本当に助かりました」
「…あー、いや、そういうのいいからさ」
「いえそんな訳にはいきません!なにかお礼を、」
「…はぁ…だから大丈夫だって言って、」

そのとき、ロディは初めて女性の顔をしっかりと見た。真っ黒な髪と瞳に、桃色のぽってりとした唇。ここらではあまり見かけないような、綺麗というよりは可愛らしい顔立ち。アジア人にしては色白な肌は、美しい漆黒をより引き立たせていた。

「…………、」

ロディはまるで言葉が出なかった。ガツン、と脳を殴られるような衝撃が走った。何もかもがスローモーションに感じられた。ただ目の前の1人の人間から、1秒たりとも目を離せなくなっていた。もちろん、先程とは全く別の意味で。

「…名前を聞いてもいいですか?」
「………………………ぁ、えと、名前…?」
「はい」
「…ロディ・ソウル、だけど……」
「……ロディ」
「っ、」

女性が自分の名前を呟くだけで、ロディの心臓はいとも容易く跳ね上がった。

…いや。いやいやいやいや。
……まさか、な?

頭に凡そ信じ難い事実が浮かび上がるも、ロディはすぐさまその考えを頭の隅へ追いやる。

「……ねぇ、ロディ」
「…な、何だよ」

やけに真剣味を帯びた彼女の様子に、ロディはたじろぐ。そういう顔もするんだ…なんて思ってしまった愚かな自分をタコ殴りにし、海底の奥深くへ沈めさせることでなんとか平静を装う。そして、

「私、ロディ・ソウルに貢ぎたい!!!!!」
「………………………は?」

……そして、彼女は咆哮した。

…いや待て落ち着け俺。なんだ咆哮って。女性に対してこの扱いは普通に失礼じゃないか?ロディはしかしそれ以外に適切な表現が見つからないほど、彼女は大声でそう言い放ったのだ。「ロディ・ソウルに貢ぎたい」と。

「…あーと、何?俺に金くれるってこと?」
「そういうことですね!物分りがいい!推せる!!」

オ・セル?日本語だろうか。
それにしても、突然貢ぎたいだなんて随分とおかしな話だ。先程の男達との会話から、彼女は英語を上手く話せることを隠していたのだろうなと感じたが…。もしかしたら彼女はやっぱり英語が苦手で、適切な表現ができていないのかもしれない。…この流れでいえば、助けて貰った礼に金を渡したいってこと、か?

「……いや、いいよ。見返りが欲しくて助けた訳じゃないからさ。気持ちだけでも貰っとく」

…のだが。

「えっ…貢ぎ先ないと生き甲斐がないんですが??」
「………うん?」

待て、どういうことだ。…もしかして、謝礼金を渡さないと気が済まないということだろうか?

「あー…まぁそこまで言うんだったら、ほんの少しなら貰うけど」
「ありがとうロディ、一生愛した」

イッショウ・アイシタ。また新たな日本語が飛び出してきたな。そんなことをぼんやり考えていると、突如彼女の様子がおかしくなり始めた。彼女はみるみるうちに青ざめていき、ダラダラと汗を流す。

「え、どうかしたか?何か調子でも悪いの?」
「…ロディ。多大なるご迷惑をかけているのは重々承知なのですが、あえて一言だけ言わせてください。」

「ここどこ!!?」


……


「寝床まで用意してくれるなんて…はーロディほんと一生推す。貢ぎたい。今お金ないけど」
「………はぁーーー……」



(このあと夢主に一目惚れしたロディとロディが大好きなのに恋愛感情ではなく「推せる」感情の夢主とですれ違いがありつつも、夢主が日本へ帰国することになる際、ロディへの思いをはっきりと自覚し、なんやかんやで二人が結ばれる。でも国という壁があって遠距離恋愛(しかしロディには連絡手段がない)状態になってしまうも、数年後ロディがパイロットになって夢主に会いにいってプロポーズする…という話を考えていましたが、没になったので供養します。)




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