押してダメなら引いてみろ(治崎廻)





ヴィランに襲われ死にかけていたところを彼の個性で助けられ、好きになってしまった女の子。持ち前の根性でなんとか彼を探し出し、好意を伝えると、彼はスッと目を細めて。

「何か勘違いしているようだから言っておくが、俺は決してお前の為を思ってお前を生かしたんじゃない。個性を無闇に振りかざす愚かな病人共に虐げられた哀れな被害者を見過ごせなかっただけだ。勝手に思い上がるのはオススメしないな。」

と言われるも、助けられたことに変わりはないし、もう好きになってしまったのでその後も猛アタック。治崎も数週間過ぎれば飽きるだろうと考えていたが、数ヶ月、半年、…と年が過ぎても怒涛のアタックが止まらないので、さすがに頭を抱えるしかない。

1年経ったあたりで女の子の押しの強さ故か、とうとうアジトへの出入りも日常茶飯事に。クロノやミミックなどの部下たちも今となっては何も言わないし、むしろ日常会話を交わす程度の仲。女の子もこの現状から、少なくとも他の女性よりかは望みはあるんじゃないかと思っているものの、好きですと言っても「そうか」としか応えてくれない治崎に苦悩する。

そんなある日父親から、もう20代後半にもなったんだから相手がいないならお見合いしなさい、と言われる。全く気乗りしないものの、帰省する度に早く孫の顔が見たいと言ってくる両親に少し申し訳なく思って、仕方なくお見合いすることに。

お見合いの日程調整をしたり当日の服装を新調したり…着々と準備が進んでいく度に相手が彼だったらどんなにいいだろうと思って切ない。更にお見合いの準備で忙しいのとなんとなく治崎と顔を合わせずらくなって、数週間会わない日々が続いてしまう。

そしてとうとうお見合い当日。一応クロノにはお見合いをすることになりましたが断る予定です、とメールで連絡しておき、ついに相手と対面。相手の男は経歴もルックスも収入も良く、お見合い相手には申し分ない人であった。無個性という理由で相手がなかなか見つからないんですよ、と自嘲気味に言った男に少し好感を覚えて、そこから会話に花が咲く。だけど会話の節々に浮かぶのは治崎の姿。やはり彼を忘れるなんて無理だ、と彼への想いを再確認していると、突如、音を立てて勢いよくお見合い場の扉が開かれる。そこに立っていたのは、ずっと求めていた紛れもない彼の姿。彼は女の子とお見合い相手の顔を順に一瞥すると、眉を顰め、

「……うちのが世話になったな」

と言うと、突然のことに驚いて何も出来ない相手の男を放って女の子の腕を掴んでその場を立ち去る。手を引っ張られてどこかへ連れられてる途中、私の腕触って大丈夫なのかな、クロノが治崎にお見合いのこと話したのかな、何で来てくれたんだろう、なんて考えててるけどただならぬ治崎の威圧から何も言えない。

それから車に乗せられるも、ずっと会話の一つもなく。やがてアジトへ着くと、最短ルートで治崎の部屋に連れられる。治崎の顔を見るのが怖くて俯いていると、「あれは一体どういうことだ」 と彼が怒りを滲ませた声。事情を話せば、やれやれと言ったような顔をして。

「成程。この件に関してはお前の鈍さを理解してなかったこちらにも非があるようだな」

なんて言われるので、頭に?を浮かべていると。

「通常、“俺達”のような者はお前のようなただの一般人を易々とアジトに出入りさせたりしない。それを許しているのは組員か同業者か…あるいは俺の個人的な客のいずれかだ。お前はどれに属している?」

それを考えれば自ずと答えが分かるだろう、そう言って腕を組む彼だが、女の子の頭には?が増えるばかり。いくら考えても分からないので端的に言うとどういう事かと尋ねれば、

「お前はもう既に俺の女ということだ」

と返ってきたので絶句する他ない。思えば確かに彼と恋人となっても触れ合うことはないだろうし、彼が愛を囁くとも思えない。潔癖症で筋者の彼がプライベートに入ることを許してくれていたのは彼なりの意思表示だった…とも考えられなくもない。ずっと望んでた言葉だったはずなのになんだか釈然とせず、うーん、と唸っていると、彼は頭を掻きながら「仕方ないな」と呟く。


「俺は己の道への歩みを止める気はない。…ついてこれるというのならこれからも俺の隣に立っていろ」

そう言うと、おもむろに左手を持ち上げ、銀色に輝くそれを薬指にはめられる。愛の言葉も濃密な触れ合いも未だないけれど、今はそれだけでとても満たされた気持ちになった…。

後日、彼は女の子の実家に訪れ、取って付けたような営業スマイルで 「将来を誓い合った仲です」なんて言い出して家族総出で卒倒することになる。




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