彼とは会う約束をしない。彼の連絡先も彼自身のこともよく知らない。たまにふらっと現れて、軽く話して、稀にお酒を飲む、ただそれだけ。…なのに、恋に落ちた。
もっと一緒にいたいけど、彼にはどこか一線引いているところがある。そして臆病な私はそこを踏み越せない。合い鍵を渡したのが私の最大のアプローチである。前に会ったのは2週間前。次はいつ会えるかな、そもそも次は来るのかな。そう考えると胸が張り裂けそうだ。今日はもう来ないかも、と思いカレンダーに✕をする。その日のイベント欄には七夕と書かれていた。ふとカーテンを開け、外を見る。真っ黒な曇り空は私の心を表しているようだ。そういえば、織姫と彦星は物理的に約140兆km離れているらしい。しかし彼らは遠く離れていても心はいつも傍にいるのだろう。彼らは、両思いだから。
…それに比べて彼は、手が届くほど近くにいても、果てしなく遠くにいるような気がする。それこそ、140兆kmくらい。遠いけど近い、近くても遠い。似ているようで
全く違う意味の言葉。どうしたら、この縮まらない距離は埋まるのだろう…。ぐっと拳を握りしめる。
「随分寂しそうな顔しちゃってさ…もしかして、俺を待ってた?」
突然の声に驚く。恋焦がれすぎて幻聴でも聞いたのだろうか。しかし、窓に反射して自分の後ろに彼が立ってあるのが見える。彼が家に来たことすら気づかないほど、私は考え込んでいたのだろうか。待ち望んだ彼が、すぐ傍にいる、なのに、全く傍にいる気がしない。…いっそもう楽になってしまおうか。1度そう思えば、私は自然と口を開いていた。
「そうです。貴方が好きで好きで…会いたくてたまらなかったんです。貴方に会えない時は、寂しいです 」
彼が息を飲む。早く返事を聞きたいようで、ずっと聞きたくない。どうしよう、怖い。しばらく沈黙が続く。
すると急に彼が後ろから抱きしめてきた。こんなにも彼と密着したのは初めてで。顔が、体が、熱い。
「女の子の方から言わせて、ごめんな。…お前も薄々感じてると思うけど、俺は“普通”の人間じゃない。俺とこれ以上関われば、お前の平凡を奪う道は避けて通れねェ」
それでも、いいのか? 強い口調でいて、どこか不安げな声に胸がきゅっとする。彼の不安を和らげたくて、なるべく安心させるような柔らかい声を出す。
「何言ってるんですか。貴方と出会ってから既に、私の平凡なんてありませんよ。毎日貴方に焦がれて、おかしくなっちゃいそうなんです」
責任取ってくださいね、そう言うと後ろから回された彼の手のひらを取って、軽く口付ける。彼はピク、と反応すると、バッと私を正面に向けて頬に手を当てる。
「……お前は死んでも守るよ」
そして、今日この時から彼とのキョリが0になった。