ヤンデレな彼に愛される(爆豪)





─名前 side─

彼以外の人間に傷つけられてもいい、泣かされてもいい。でも、それを助けるのは絶対に彼でなくてはいけない。彼がいない間に怪我をしたら、手当をしてはいけない、されてはいけない。彼が帰ってくるまで、じっと待たなければいけない。

「…勝己、ここ包丁で傷つけちゃった」

帰宅した彼に向け、手を差し出す。血は腕まで流れ、赤黒く固まっていた。未だ晒された患部は、 スースーと風を感じている。彼はこちらの指を手に取り、切り傷に手当ての跡がないことを確認すると、咎めるような視線を送ってきた。

「…オイ、怪我したらすぐ連絡しろっつったろ」
「お仕事忙しいかなって…ごめん」

彼はそれに対して何も答えず、そのままソファまで移動させると、慣れた風にテキパキと治療を施す。「…ありがと、勝己」 指に巻かれた包帯をどこかぼんやりとして見つめる。そうしていると、彼に優しく抱き寄せられて。

「…お前を助けられるのは、俺だけだ」
「うん」
「…お前のヒーローは、俺だけだ」
「うん」
「…俺が一生、お前を守ってやる」
「……うん」

震えた声を発する彼の背中に、 ゆっくりと手を回す。彼はきっと不安なんだ。私が別の誰かのものになるんじゃないかって。…でも、大丈夫だよ。
私はそれがあなたの最大の愛のカタチだって、分かってるから。昨日転んでしまったときの擦り傷も、一昨日物を落としてしまったときにできた痣も。全部、全部、彼が治してくれた。私を助けてくれた。私のヒーローは、後にも先にも、あなただけ。未だにジンジンと滲む傷口は、彼との最大の愛の証。私はこの愛しい痛みを、痛切に感じた。



─爆豪 side─

きっかけはなんだったか。……ああ、確かあの瞬間だ。あいつが、名も知らぬヒーローに助けられたとき。あの光景を、俺は生涯忘れることはない。脳裏に焼き付いて、離れない。あいつに手を差し伸べる野郎、羨望の眼差しを送るあいつ。俺の中の何かが、壊れる音がした。その位置にいるべきは、テメェじゃねェ。あいつに手を差し伸べていいのは、俺だけだ。お前がその眼差しを向けていいのは、俺だけだ。…なら、お前が俺以外の手を取らなければ…?
…それから俺は、あいつに俺以外の助けを受けることを禁じた。あいつは最初こそ、このことを拒絶した。だが、あいつが他人に怪我を処置されたことに俺が怒り散らしたとき、突然拒絶するのをやめた。 「…お前のヒーローは俺だけでいいだろ?」 確か俺はそんなことを言った気がする。なぜだか知らないが、あいつにとってこの言葉が決定打になったらしい。それから、俺は毎日毎日あいつに尋ねる、聞かせる。
“お前のヒーローは、俺だけ”
あいつが俺以外の手を取ったとき、底知れぬ恐怖が湧き上がってきたんだ。俺以外のヒーローを見つけたら、お前は果たして俺の傍に居続けてくれるのか、と。そう考えたらもう止まらなかった。…それは、あいつが自らを傷つけ、俺を毎日ヒーローに仕立て上げていることを知っても尚、止まらなかった。

「勝己…私のヒーロー…」

そっと背中を撫でる手は、ソファに凭れる脚は、床に着く足は、どれも傷だらけで、痛ましくて、…だけどどうしようもなく愛おしい。
俺は華奢な体躯を掻き抱いた。絶対に離さないと言わんばかりに、強く、強く。

「…ああ。お前のヒーローは、 生涯俺だけだ」

…胸を圧迫する息苦しさには気付かないふりをした。





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