─名前 side─
きっかけは分からない。気づいたら私は彼のものだった。
薄暗い部屋で、私はベッドに横たわる。そろそろシャワーを浴びようかと思い体を起こすも、腰だけとは言わず、全身に軋むような痛みが走り、顔を顰める。…これはもう少し休んでからの方が良さそうだ。下半部の違和感を頭の隅に追いやり、私はこの痛みを与えた元凶に視線を移す。上裸でソファに凭れ、腕を組んだまま眠る彼。こうして黙っていても見るからに危険な男だけれど、本性は見た目以上に恐ろしい。こうして部屋に監禁し、欲を放ち、抵抗すれば、昨夜のように容赦なく抱き…まるで私を娼婦のように扱うこの男。しばらくその寝顔を眺めていると、瞬きをした後に、こちらを見つめる蒼眸と視線が重なっていた。
「…何だよ、まだ足りなかったか?」
目を細め、ニヤリと嗤う彼に、慌てて首を横に振る。じゃあ何だ、と言うような顔をする彼に私は焦った。そして咄嗟に、「荼毘はなんで私を閉じ込めるの?私が好きなの?」 なんて訊いていた。何も考えずに咄嗟に出た言葉は本心だと、どこかで聞いたことがある。私はほんの僅かの好奇心を持ちつつ、彼の言葉を待った。刹那、彼が私の布団を剥ぎ取り、馬乗りになる。「…きゃ!」 まさか、まさか、またやるというの…? 私は恐怖に体を震えさせ、視界が滲んだ。
「お前が、俺のモノだからだ」
嘲るように、彼は笑う。…私に拒否権なんてない。痛みに、悦に、悲鳴を上げ、彼に暴かれていく。出口のない部屋で、名前のない行為を、ずっと。
─荼毘 side─
きっかけは忘れた。気づいたらお前は俺のものだった。
「荼毘はなんで私を閉じ込めるの?私が好きなの?」
お前はある日こう尋ねた。俺はほんの気まぐれに、初めて真面目に考えてみた。衝動的に、本能的に、求めたお前。なにかの感情が芽生えたのは確かだが、これがどんな感情なのか俺には分からなかった。だがひとつ分かるものがあった。それは、お前に対するこの感情が、惚れた腫れたなんて甘っちょろい話なんかでは片付けられないことだ。手を繋いでキスをして肌に触れて。 そんな戯び程度で、 到底満足することなどない。相手を思うと胸が高鳴って、世界が輝いて見えて、ときにはほんの少し切なくなる。 世間はそれを恋と呼ぶらしいが、それが本当なら俺のこの感情は間違いなく恋じゃない。それよりも遥かに大きく、深く、どす黒いもの。…俺はお前の全部が欲しい。お前のつま先から頭のてっぺんまで。体中に巡る血液も、髪の毛の1本さえも、俺のモノ。俺だけのモノ。俺を見つめるお前の姿を見ていると、ふつふつと心に黒い感情が湧き出てくる。溢れる感情は留まる所を知らない。
「…きゃ!」
気づいたらお前の両腕を上で掴み上げ、お前に跨っていた。そして衝動のままに笑う。
「お前が、俺のモノだからだ」
全身を震わせ、涙目でこちらを見るお前を見ていると、喉が張り付くような感覚がした。…足りない。全然足りない。もっと、もっと。俺を、見てくれ。俺はきっとお前を抱いても抱いても、溢れ出る感情に、止まない飢餓に苛まれ、それらを鎮めるためにまたお前を抱き続ける。終わらない、止まらない、止められない、抜け出せない。迷宮のような感情。