─名前 side─
「おはよう、俺のお姫様」
部屋いっぱいに敷き詰められたぬいぐるみと服とアクセサリーの中。私はそれらに囲まれて、ただ座っている。ふわふわのロリータ服を身に纏い、じっと黙ってテディベアを抱き締める。私は彼のお人形。着せ替えて愛でる玩具と変わらない。
「…ほら、手ぇ出して」
そう言いつつも、彼は自ら私の手を取る。パチン、という音ともに現れたのは、キラキラと光るネックレス。
「お前に似合うと思ったんだよね」
つい頂いてきちゃった。
そう笑う彼に悪びれる様子は全くない。彼はネックレスを私の首に着けると、満足そうな顔をした。スっと視線を下ろし、首に着けられたダイヤモンドを見る。煌びやかなそれは普通なら胸が躍るような代物なのだろうが、私には何も感じられなかった。指の背で柔く耳を撫でてくる彼を見つめると、唇が重なった。
「…ん、」
私は、人形。
だけど、この一瞬だけは魔法がかかって、あなたが好きなだけの普通の女の子になれる。「好き…」 甘い吐息を漏らし、愛を呟き、蕩けた視線であなたを見つめることが、このときだけは許される。
「…本当に可愛いな、お前は」
人形の私を人間のように愛し、 肯定してくれる彼とのしあわせの時間。愛して、もっと深くまで愛して。そうしていつか私は本物の人間になるの。…だけど今は、ただ祈るしか出来ない。この魔法がどうか、永遠に解けませんように、と。
─Mr.コンプレス side─
お前は感情が豊かだった。よく笑い、泣き、怒り。コロコロと変わる表情は周囲を魅了した。俺もその一人だった。どんなにしょぼいマジックを披露しても、キラキラと目を輝かせ、大袈裟なくらい褒めてくれた。プレゼントを与えれば、 目を丸くして驚き、 照れくさそうに微笑んでくれた。お前の表情をたくさん知る度に、俺の心は満たされていった。だがそうしていく内に、俺は随分と欲深くなったらしい。お前が別の人間にあらゆる感情を晒す姿に、我慢ならなくなった。駄目だ。そんな顔を見せたら、お前に欲情するやつが増えちまう。お前のそういう姿を想像するだけでも、俺はそいつらを許せない。俺以外に笑うな、驚くな、怒るな、泣くな。感情を出すな。お前の表情の全ては俺だけのものだ。……そうして、俺はお前を人形にした。
感情を抑圧して、表情を消して、俺のために無関心であろうとするお前は尚魅力的だった。
「……」
パチンと指を鳴らし、美しいネックレスを見せてみても、お前は無反応だった。俺が全部、奪っちまった。…正直苦しいときはある。
だがこんなものは、お前が他人に感情を向けるときのそれに比べれば、どうってことはない。
「好き…」
愛を確かめるこの行為。このときだけは、お前に感情を許した。唯一、俺しか知らない顔。 お前が生まれてから死ぬまでずっと俺だけの。
「…本当に可愛いな、お前は」
こんなどうしようもない男を健気に思って、瞬きの間に精一杯愛を伝えて。この世の何よりも愛らしい。…このままずっと、俺だけのお前でいてくれ。願わくば、この魔法が解けませんように。