あなたが珍しく落ち込んでしまったとき(西谷誉)





彼の前では沈んだ顔を見せたくなくて平静を装うけれど、

「平気なフリしても無駄やで。名前ちゃんのこと、ワシにはぜーんぶお見通しや」

と言われてしまうので仕方がない。取り繕っていた表情を楽にして俯くと、彼はこちらを抱き寄せ、よーしよし、なんてあやしてくるけど、髪を撫でる手が心地良いので、抗議する気にはならない。その手が不意に頬の横へ滑り、髪を耳へ掛けると、彼はそこに口元を寄せて。

「……ほんで、名前ちゃんにそないな顔させたんは誰や。遠慮せんと言い、あとはワシが上手くやったる」

その声色は、 先ほどとは打って変わって鋭利なものを含んでいて。思わず彼の顔を見ると、そこには妖しく笑いつつも冷えた瞳をする彼がいる。本気とも冗談ともとれるそれに思わず背筋が粟立つが、自身を奮い立たせ 「……誰が悪いとかじゃないので、大丈夫です。お気持ちだけ受け取っておきますね」 と努めて微笑めば、

「はァ、名前ちゃんは謙虚な子やなぁ。……ま、ええわ。今回はそういうことにしといたる」

といつも通りの表情に戻るからほっとする。

その後、たくさん撫でてくれたり褒めちぎってくれたり美味しいものを食べさせてくれたりと、彼なりに慰めようとしてくれるんだけど、あの問題発言とそのときの彼の顔が頭にチラついて離れてくれない。大部分を占めるのは “恐れ” のはずなのに、心のどこかで、自分の為にそこまでしてくれるのか、という “歓喜” に似た感情が宿っていたことには、気づかないフリをした……。




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