拉致された恋人の救出に向かったら、男に乱暴されかけていたときの彼(西谷誉)





「やーっと見つけたで、名前ちゃん?」

声の主にハッとして顔を上げると、にやりと口角を上げた彼が見えて思わず涙が溢れる。心のどこかで、見捨てられるのでは、探してもらえないのでは、と思ってしまっていたから、彼にとって自分はちゃんと価値のある存在だったのだと分かって胸がいっぱいになる。


「あーあー…自分ら運悪いのう。よりにもよって、ワシの女に手出してしもたんか」

仰々しい声色、でも、彼の生み出すびりりと肌を刺激するような独特の空気感に、相手は固唾を飲んで身構える。彼は懐からお馴染みのドスを取り出すと、鞘を地に投げ捨てて。

「……来世では、間違えたらアカンで」

狂気的に嗤う彼。……それから先のことは、目と耳を塞いでしまったのでわからない。

「名前ちゃん、待たせたなぁ」

比較的近くで彼の声が耳に届いたのでゆっくりと瞼を上げると、こちらの前で足を広げてしゃがんでいる彼が目に入る。そして、息を飲む。べっとりと顔に付着した赤。スーツには、臙脂より濃いその色が無数に滲んでいて。肘を膝に預けてだらりと下げた掌からは、ぽたりぽたりと滴るそれが、地面に斑点を生み出していた。

恐らく、彼の後ろに広がっているのは……。そんなことを考えながら固まってしまっていると、表情の読めない彼が口を開く。

「……ワシが怖なったか」

彼の狂気性は理解していたし、こうなると分かっていたからこそ、見ないように、聞かないようにしていたので、今更怖くなった、ということはない。ただ、予想していたとはいえ現実がいざ目の前に広がるとなると、びっくりしてしまうだけで。それに今一番重要なのはきっと、女なんていくらでも代えが利くであろう彼が、危険も顧みず自分を助けに来てくれたという事実だから。

「……怖くなんてなってません。それより、助けてくれてありがとうございます、西谷さん」

血塗れた彼の手を戸惑いなく両手で包み込んで、にこりと微笑めば、彼は一瞬驚いた表情をするけれど、次には満足そうに 「さすがわしの女やなぁ、惚れ直したわ」 と笑ってくれた。




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