「品田、さん」
「……うん」
「…品田さん、私何も出来なくて、」
「うん、分かってる。分かってるから…今はもう何も言わなくて大丈夫だよ」
抱き締めて、何も問わず何も咎めず、全てを受け入れてくれる彼。でも本当のところ、全く心穏やかでなくて。こちらには顔を見られないようにしているけれど、こうなる前に駆けつけてあげられなかった悔しさやら自分の恋人に手を出した男に対する嫉妬心やらで感情がぐちゃぐちゃになって、言いようのない表情をしている。
やっとの思いで恋人の元へ辿り着けたと思ったら、その恋人が男に襲われていたときの絶望感といったら。
「なぁ…俺の大事な女の子に、何してんだよ…」
目の前の光景が信じられなくて、現実を受け止められなくて、誰が見ても一目瞭然の問いをわざわざ投げかけて。
「何してんのかって…聞いてんだよ…!!」
殺意に似た勢いで男に振り被り、拳をぶつける。自分の中にここまで激しく人を憎む感情があっただなんて思いもしなかったと、後になって漠然と考えていたりする彼。
今だ腕の中ですんすんと泣いている恋人の様子を伺おうとすると、項にくっきりと浮かんだ歯型が見えて心臓がどくりと嫌な音を立てる。つい先程まで、彼女に別の男が触れ、いいようにしていたのだと嫌でも理解させられてしまう。
どろり、溢れる黒い感情。無尽蔵に湧き出るそれは、何もかもめちゃくちゃにしたい衝動に変換される。
「……品田、さん?」
急に固まってしまった彼を不審に思って声をかけると、不安に揺れながらも熱っぽい視線をした彼と目が合い、どきりとする。
「……俺、ほんと最低だけどさ…今名前ちゃんを抱きたいと思ってる。名前ちゃんの体に刻まれた痕も、名前ちゃんの記憶に焼き付いた出来事も全部、俺が塗り替えたい」
切なげな彼の声に胸が疼く。
「……嫌なら、今すぐ俺を殴って正気にさせて欲しい。そしたら多分、収まるから」
僅かに手を震わせ、理性を必死に抑えているであろう彼が愛おしくてたまらない。
「最低なんかじゃありません。…私も、品田さんにそうして欲しい、です」
照れながらもしっかりと彼に伝えれば、彼は息を飲んだ後、勢いよくこちらを押し倒す。
「大好きだよ、名前ちゃん」
そうして、彼の嫉妬を全身で伝えるかのような、どこまでも熱く濃い行為に溺れていった……。