彼に好意を抱きながらも義理チョコを渡したとき(桐生一馬)





「これを、俺に…?」
「はい!桐生さんにはいつもお世話になっているので」
「……」

チョコを差し出してそう言うと、黙り込んでしまう彼。

「…桐生さん? あの、もしかしてチョコレート苦手でしたか…?」
「…いや、そうじゃねぇんだが…これって、いわゆる義理チョコってやつだよな?」
「えっ…! は、はい…そう、ですね…」

本音は義理じゃないので思わず動揺してしまうけれど、幸い彼に悟られることはなく。ほっ、と安堵しているこちらに対して、彼の方はなぜか眉間の皺が深くなっていく。 彼は暫く口を噤んだ後、 ついに口を開いて。

「…誰なんだ、本命は」

そんなことを言ってくるから、先程よりも狼狽えてしまう。

「え、や、それは言えません…!」
「ほう? 言えねぇってことは、いるっちゃいるってことだな」
「あ…」

完全に油断していて漏れ出してしまった本音は、いとも容易く彼に汲み取られる。

「…相手は誰なんだ? 俺の知ってる奴か?」
「だから、言えないんです…! というか、知ってどうするんですか…?」
「決まってるだろ。お前に相応しい男かどうか…拳でケリをつける」

キリッとしてますけどそれは流石に洒落になりませんよ…!? 拳を握りしめる彼を諌めながら、なんかお父さんみたいな発言だよなぁ、やっぱり子供扱いされてるんだろうなぁ、と悲しくなってしまう。

「…ちなみに、その相手が桐生さんだった場合は、どうなるんですか…?」

下手したらさらに凹む可能性もあるけれど、ちょっとした賭けでそう尋ねてみる。

「…でも、お前はさっき俺に義理チョコを…」
「た、例えばです!」

ふむ…、と考え込んだ彼を、淡い期待と不安のこもった瞳で見つめる。

「…そりゃあもちろん、願ってもねぇことだな」

フッ、と微笑む彼の表情から妙に色気を感じて、茹だるような熱に苛まれる。こういうことを狙ってても狙ってなくてもできる人だから、彼はずるい。

「…もう、からかわないでくださいよ」
「別にからかっちゃいないぜ。なんだ、信じてくれねぇのか?」
「…だって、いつも私を子供扱いしてますし…」

こうやって拗ねている姿も彼からしたら、子供扱いしたくなる要素なのだろう。けれど、頭ではわかっているのに、止められない。そうやってまた勝手に悲しんでいると、

「…なら、大人の扱いすりゃ信じるのか?」

再び、あの妙な色気を発してそう言ってきて。

「…え、桐生、さん…?」

どんどん迫ってくる彼に対し、こちらはずりずりと後退ることしか出来ず。やがて壁まで追い詰められれば、彼との距離が一気に縮まる。香水と煙草と彼自身の匂いに眩暈がし、つい顔を背けてしまうと。

「…さっきの話だが。本当に、“例えば” でいいんだな?」

どくり、と一際大きく胸が鳴る。まさか、最初からぜんぶバレてたの? それとも、こっちの反応を試しているの…?

彼の色気にあてられた私にはもはや『だめです』以外、答える術がなく。きっとこれからもずっと、彼の前では子供になってしまうし、敵うこともないのだろうと。おもむろに目を瞑り、彼の唇を受け入れながら、そう思った。




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