「…これ、桐生にもあげてなかったか?」
「うん」
「なら…、義理チョコか?」
「うん」
「……いいか。もう一回確認するぜ。これ、義理だぞ?」
「?うん」
「……………」
錦山彰、絶句。
彼としては、バレンタインを機に付き合うことになるかな、くらいの気持ちでいたので、とんでもない衝撃が走っている。が、こちらはそんな彼の心中など、まったく知る由もなく。
「…ちなみに、本命は作ってあんのか?」
「えっ、本命…? うん。渡して無いけど、作ってはあるよ」
「………………」
錦山彰、撃沈。
心はもはや、海の藻屑のようにちりじりに。
こいつ絶対俺のこと好きだと思ってたわ…マジか…。というか、俺以外に好きな奴? 誰だ? 桐生…はないか。さっき義理貰ってたしな。一体全体、いつの間に俺ら以外の男と親しくなったんだ? そんなの許した覚えねぇぞ? ……殺るか?
当人を置いて、完全にゾーンに入ってしまった彼。ギラギラする目をなんとか抑えながら、
「…お前、最近仲良い男は?」
できるだけ平静を装いこちらに問う。
「え?…錦山くんと桐生くん」
「他には?」
「うーん…最近でしょ?いないかなぁ」
「なら、直近で一緒に出かけた男は?」
「錦山くんだよ」
「同じく、贈り物をもらった男は?」
「錦山くんのピアス」
「ドライブに行った男は?」
「それも、錦山くん」
「メシ食ったのは?」
「錦山くん。昨日のラーメン屋さん」
…………………。
「…いや、お前どう考えても俺のこと好きだろ」
「えっ?」
「あ。」
ゾーンからは無事解放されたものの、つい心の声を漏らしてしまう彼。焦っているこちらの姿には気付かずに、こうなったらもうヤケだ、と決意を固めて。
「…お前がどういうつもりか知らねぇが、もし本気で他の男に本命やるってんなら、俺はなんとしてでもそれを阻止するつもりだ。…こんだけ一緒にいるんだ。俺ぁもうとっくに、お前をよそにやる気なんかねぇんだよ」
…さっきのは嘘だって、言ってくれるよな?
そう告げる彼の表情は、真剣味を帯びつつ、どこか独占欲に満ちていて。力強い意志を感じるのに、どこか揺らぎが窺えて。どうして本命を渡すのに怖気付いてしまったのだろうと。今では不思議に思うくらいに、彼の思いが伝わってくる。
「…ごめんなさい、錦山くん。もちろん私の本命は、錦山くんしかいないよ」
やっと本音を口にすれば 、
「…当たり前ぇだろ。たく、ビビらせんじゃねぇよ」
悪態をつきつつも、嬉しそうにはにかんだ彼が、優しく抱き締めてくれた。