「冴島さん。これ、よければどうぞ」
そう言ってチョコを渡すと、目を丸くして驚く彼。え、そんなに意外だったかな? つられてこっちも驚いてしまう。
「あの、冴島さん…? そんなに驚くことでしたか?」
「…普通驚くで。バレンタインっちゅうのは、女が好きな男にチョコレートを贈る日やろ?」
「え!あ、あー…」
なるほど、それであんなに驚いていたんですね…! 彼は本命といえば本命なのだが、今渡したチョコには、そういう意味は込められていない。
「それも合ってはいるんですけど、義理チョコっていうのもありまして…本命の男性以外に渡すチョコは、すべて義理チョコって言うんです」
「…つまり、 これは義理チョコっちゅうことやな?」
「えっ? あ、は、はい…」
「さよか。なんや、勘違いして悪かったな」
「いえ、そんな…なにも言わなかった私も悪かったので…」
彼が本命なのに、もう義理チョコを渡してしまった手前、そう言えないのがもどかしい。嘘なんかつかないで、本当のことを言えばよかった…。そう後悔しても、今から実は本命チョコも用意してます、だなんてとても言えないから、自己嫌悪する。と、彼が突として。
「…お前から本命貰える男は、幸せもんやな」
なんて呟く声が聞こえてしまって。
「え、冴島さん…それって…、」
「…すまん、いらんこと言うたわ。忘れろ」
ほな、これありがとな。
そう残して立ち去ろうとする彼を、思わず「待ってください…!」と引き止める。
「…さっきのことやったら、特に深い意味はないで」
「でも…私にとっては深い意味があったほうが都合がいいので、そう思いたいん、です」
恥ずかしい。けれど、今のチャンスを逃したら絶対だめだって、そう思うから。
「…私、本当は本命チョコ渡すつもりだったんです…冴島さんに」
「!…それ、ほんまか?」
「はい…そうしたら冴島さんは、“幸せもん” になれそうですか…?」
控えめにそう訊ねると、彼はふっ、と笑みをこぼして。
「…あぁ。たった今、お前のおかげで世界一の幸せもんになったわ」
しっかりと、本命チョコを手に取ってくれた。