「これは…もしかしてチョコレートか?」
「はい。大吾さんへ日頃の感謝をこめて、です。よければ受け取ってください」
「……日頃の感謝、か」
「?」
「いや…なんでもない。ありがたく受け取らせてもらう」
そう言ったものの、やはり何か言いたげな様子の彼。首を傾げて顔色をうかがうと、彼はおそるおそる、というふうに口を開いて。
「…ちなみになんだが、その…これから別のチョコをあげる予定はあるのか?」
「別、というと、他の人にですか? なら、仲の良い友人と、」
「あ、いや、そうじゃなくてだな…いわゆる本命ってやつは、誰かにあげるつもりなのか?」
まさか本人から本命について指摘されるだなんて思っておらず、動揺が隠せない。
「それは…えっと…」
「…いや、答えづらいよな。悪い、聞かなかったことにしてくれ」
そう言う彼の表情は、どこか寂しげで。
なぜそのような顔を見せるのか?…思い上がった考えはしたくないけれど、“その” 可能性が脳を掠める。そしてそのままするりと言葉が滑り落ちてしまい。
「…あげるつもりはあったんですが…その人は、 とても大きな組織のとても偉い人で。直前になって、私には分不相応なんじゃないか、困らせるんじゃないか、と思い始めたら、渡せなくなってしまって…」
「!…まさか、それは、」
「…ごめんなさい。私のほうも、 聞かなかったことにして欲しいです」
…これ以上は、だめだ。手遅れになる前にその場を去ろうと彼に背を向けると、手首を捕まれ進行を止められて。
「…待て。こっちを向いてくれ」
「…い、 今はだめです」
「お願いだ」
「……」
ずるい。彼にそう言われて断れる人間が、日本にどれくらいいると思っているのだろうか。もちろん、私は断れるはずのない人間の内の一人で。彼の言葉に従い、おもむろに彼のほうへ顔を向ければ真っ赤になった顔が晒されてしまう。彼はそれを見ると、息を飲み。
「…自惚れてもいいのか。さっきのは、俺の事を指していたと」
…その後。こちらで食べるつもりだった本命チョコレートは、無事に本来の役割を果たせたのだった。