彼に好意を抱きながらも義理チョコを渡したとき(谷村正義)





「谷村さん、チョコスティック食べませんか?」
「…まさかとは思うけど、コレが俺へのバレンタインチョコだったりする?」
「えっ…や、やっぱりまずかったですか…?」
「…や、別に。ありがたく貰っとくよ」

つい、義理チョコです、と言わんばかりのものを選んでしまった結果、早くも後悔。さすがにこれは安すぎたよね…。一応受け取ってはくれたけど、明らかに物足りなさそうな反応だったな。やってしまった。
なんとなく気まずい空気になってしまいつつも、なんとか会話の糸口を探す。

「…あ、そういえば、今ごろ谷村さんのデスク、すごいことになってるんじゃないですか?」
「さぁな」
「あ、誤魔化すんですか? 絶対いっぱい貰ってますよね?」
「…直接渡してきたのは全部断ってるよ。勝手に置いてったのは中身簡単に確認してから、亜細亜街のみんなに配ってる。これ毎年恒例だから」

…なんかめちゃくちゃ一部の男性の反感買いそうなセリフだな…、と思いつつ、やっぱり本命は受け取らないみたいだし、義理で良かった、と安堵する。

「…そんな頑なに受け取らないだなんて、特定の誰かから貰いたいんですか?」

ふと、疑問に思ったことを口にしてみると、

「…まーね。残念ながら、今年も貰えなかったけど」

なんて、予想外の答えが返ってくるから驚愕する。そっか、谷村さん好きな人いたんだ…。ずきりと胸が傷んで、口内が渇く。

「…そう、なんですね…」

やっとの思いで呟いた声は、あまりにも儚くて。思いが伝わっていないか不安になり、彼の方を見ると、彼がじっ、とこちらを見つめていたことに気づく。

「…谷村さん?どうかしました?」
「ん? いや、なかなか本命くれないその誰かさんを見てただけ」

…え? 今ここにいるのは彼と私だけのはず。それが意味することは、まさか。

「参考程度に聞くけど、俺ってまだ望みありそう?」

あまりにも軽い訊き方だけど、彼の双眸には、しっかりと熱が込められていて。

「…私…本当は、谷村さんに本命を…」

尻窄みになりながらもそう口にすれば、彼の目が丸くなる。そのまま鞄の中から本命チョコを取り出そうとすると 「いや、 」 と彼に制止されて。

「もういいよ。…代わりに本命より欲しかったもん、貰えそうだから」

彼は今まで見た中で一番穏やかな笑みを浮かべると、

「…俺と付き合ってくれる?」

欲しくてたまらなかった言葉を紡いでくれた。




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