「ちょっと屈んで?」からのキス逃げしてみた(桐生一馬)





彼にはいつもやられっぱなしでなんだか悔しいから、なにか対抗策はないものかと。そう思案したときに、ふと思いついたのが “キス逃げ” 。読んで字のごとく、不意打ちにキスをして逃げる、それだけ。ただ問題なのは、彼とはかなり身長差があること。屈んで、と頼まない限りなかなか難しい。違和感なくそれが実践できて、逃げ道も確保出来るタイミング…そこで浮かんだのが、外出する直前の時間だった。

「じゃあ、行ってきますね」
「あぁ。気をつけろよ」
「…あ、待ってください。桐生さん、ちょっと屈んでくれませんか?」

なんてやり取りをして。さも“顔になにかついてますよ” 感を装い、彼を罠にかける。彼は頭に?を浮かべながらもこちらに合わせて屈んでくれて。このチャンスを逃すまいとすぐさま、彼に唇を落とす。顔が離れれば、目を見開く彼の姿。少し得意げな気持ちになりながら、「行ってきます」 極めつけには、にこりと微笑んで。そうして見事、キス逃げという名の反撃作戦は成功する。

…帰宅後、なにも触れてこなかった様子を見るに、彼にとってそこまで大きな出来事ではなかったのだろうことは少し心残りだけれど、自分にしてはよくやったと、とりあえずは満足する。

時は流れ、数日後。テレビを見ながらまったりしていると、「…少し出てくる」 そう伝えてくる彼。きっと煙草を吸いにいくのだろうと察し、わかりました、と返事をするけれど、そこから一行に外に出る気配がない彼。

不審に思い、思わず「…桐生さん?」テレビから目を離し、彼の方を見上げると、後頭部を引き寄せられたかと思った瞬間、唇を塞がれて。

驚きで声を出しそうになり僅かに開いた口の隙間からは、彼の舌が侵入してくる。こちらは状況が掴めず軽くパニックになっているのだけれど、彼は考える余裕を与えてくれない。あまりにも激しくて気持ちのいいそれ。やがて耐えきれずに腰を抜かしてしまうと、彼はこちらを受止めてくれて。

「…やられっぱなしは性に合わないんでな。仕返しだ」

ふっと得意げな顔で笑う顔に、かぁと顔が熱くなる。恥ずかしいのもあるけれど、それ以上に悔しくて。やっぱり彼には敵わないのかとぼんやり彼を見つめていれば、彼は近くのソファーにこちらを寝かせてきて。

「お前にこれ以上のもんができるってんなら、いつでも受けて立つぜ」

無駄にいい声でそう囁くて、もう一度こちらを見て笑い、今度こそ玄関に向かっていった。…彼に太刀打ちできるのは、いつになるのだろうか。そんなことを考えため息をつくが、実は彼が最初のキス逃げの時点でかなりの衝撃を受けた上、そのまま生殺しを食らい悶絶していたことを、こちらは知る由もない…。




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