秋山さんにウィンクされたい





町でよく見かける彼。自分的にかなりかっこいいなって思うんだけど、濃い人ばかりいるこの場所ではそこまで目立っている感はない。さすがに好きということはないと思うけど、気になっているのは確かで。あっ、て気づいたら、視線が勝手に彼に向いているし、日常でもワインレッドを見かけると、不思議と彼の姿が頭に浮かぶ。

…あれ、思ったりより重症…?と思いつつも、今日も彼を探してしまってる。

…あ、いた。反対側の歩道にいた彼の姿を目で捉えて、そして、瞠目した。今日の彼のまわりには、綺麗な女の人たちがいたから。彼が異性と話しているところは今回初めて見たけれど、やっぱりモテる人なんだ、そっかぁ。嬉しいような、残念なような、複雑な感覚。でも、どうしても視線を逸らす気にはなれない。

あのひと、どんな顔で女の子と話すのかな、なんて気になってしまって。通り過ぎるまで、視界から外れるまで。そう唱えながら歩幅を狭めていると、突としてそれは完全に止まった。だって、彼の顔が、こちらを向いたから。…え、こちらを、向いた…!?心境は軽くパニックになっているけれど、体は石のように固まって微動だにしない。

え、え、どうしよう、ばれた。絶対に誤魔化せたはずなのに。なんで目が離せなかったの。なんで、離せないの。ありえないほど心臓が鳴って、つぅ、と汗が流れる。

そして、次の瞬間。ばちり、と。彼の片目が、閉じて、開いた。一瞬のできごと。でも、雷で体躯を貫かれたかのような衝撃。呼吸を忘れて、ただ目を丸くして、立ち尽くす。すると次には、彼の瞳が薄く細められ、ゆっくりと口角が上がった。

むり、むり、むり。なに、なにごとなの。本能を羞恥が超越した結果。先ほど微動だにしなかった体は嘘のように動き出して。逃げ出すように人と人との間を抜けていく。あんなの、ずるい。あと一秒でもあの場にいたらきっと、確実に、間違いなく、落ちていた。落ちる?なにに?…いや、やめよう。もう触れないほうがいい。とにかく今は、即刻あれ≠忘れよう。

そういうことで、それから彼の姿らしきものが視界に写っても頑なに見ないふりするし、このまま進んだらすれ違うってときには、わざわざ道を変えたりする。だって、おかしいでしょ。ただ町で見かける人なだけで、赤の他人なのに。こんな気持ちになるなんて。あの人だって多分なんとなくウィンクしてきただけで、深い理由なんてなにもないはず。これ以上、この感情を育ててはいけない。

そんなことを考えていると、さっそく道路を挟んだ歩道にワインレッドのジャケットが目に入って。よし、今日はあっち側を見ないようにすれば大丈夫かな。と、そのとき。絶妙なタイミングで友人から電話がかかってきて。…まぁ、いっか。通行の妨げにならないように端に寄り、なんとなく下の方を見ながら、通話を始める。そして二分ほど話した後、再び歩き出そうとした、刹那。

「ねぇ、君」

隣から、こちらを呼び止める声がして。

「最近、こっち見てくれないよね」

はじめて聞く声。でも、なんとなく、誰の声なのか分かってしまった。

「寂しかったなぁ。…俺のこと、もう興味ない?」

あ、これ、もうむりだ。だって、

「ねぇ、こっち向いてよ」

もう、あのときのウィンクで、完全に落ちてしまっていたから。




backtop