彼に監禁されました。(花輪喜平)





がちゃり、と。 ドアを開ける音に顔を向ける。誰かが助けに、なんて希望は、とうに抱くのをやめてしまった。そこに立っているのは、来る日も来る日も変わらない姿。黒のストライプスーツ、白髪混じりの髪に、サングラス。表情が乏しい、いつも通りのあなた。

「今日も、 特にお変わりなかったですか」

これも、いつもの言葉。皮肉で聞いているのだろうか、と少し思ってしまう。どこかも分からない場所に突然閉じ込められて、外の世界を一切遮断させられて。生活に必要なものは全て揃えられているものの、起きて、食べて、ぼんやりして、何度も読んだ本を暇つぶしのために読んで、食べて、寝て。そんな繰り返しの日々に、変わりようなんてあるはずがない。

私はそんな思いを込めて、彼を見上げた。……相変わらずの鉄仮面。私が彼を見つめると、彼も私を見つめる。

「……私を恨んでもらうのは、一向に構いませんが。これはあなたを守るためなんです。……どうか、それだけはご理解ください」

私の自由を、人生を、何もかも奪って。私を守るためだと、彼は言う。……彼はずるい。 そんな言葉をかけられてしまえば、あなたを心から恨めない。それに私は以前の、素っ気ないけど実は面倒見が良くて、ふとしたときに見せる優しい笑みが素敵な。そんなあなたを、もう知ってしまっているから。

「……どうして、守ってくれるんですか?」

あなたが、私を何から守りたいのか。そもそも、守らなければならない理由などあるのか。何もかも分からないけれど、これだけは教えて欲しかった。ねぇ、花輪さん。あなたは私を、どう思っているの? あなたがもし私を思ってこうしているのなら、私はきっと、あなたを受け入れられると思うから。ただ一言、あなたの愛を求めてしまうのは、いけないことですか?

「……、」

彼は、何かを言いかける。けれど、やはり思い直したように口を噤んで。

「……それは、あなたが知らなくていいことだ」

……ああ。やっぱり今日も、言ってくれなかった。

「あなたは何も知らずに、ただ私に守られていれば、それでいいんです」

彼の冷たい手のひらが、私の頬に触れる。すべてを諦めたように瞳を閉じれば、柔らかな彼の唇が重ねられて。ぎしり、スプリング音とともにベッドに沈み込めば、ループする世界へ逆戻り。

……でも、それでも。あなただけしかいないこの世界の中で、あなたが私をこんなにも熱く求めてくれるのならば。私はもう、十分幸せなのかもしれないと。こんなことを思ってしまう私は、もう壊れてしまっているのだろうか。

私は今日も、黙ってあなたを受け入れる。いつかこの行為が本物の愛に変わるよう、切に願いながら。








花輪side



ただ一人、心の底から愛した女性がいた。ただ一人、心から幸せを願った女性がいた。 彼女が鈴を転がすような声で私の名を呼び、あどけない笑みを浮かべてくれる。そんな、当たり前のようでいて特別なひとときが、なによりも私を癒してくれた。

……だから、自分の耳を疑った。大道寺から、彼女の処分を命じられたときは。命令は絶対、逃れることなど出来ないもの。しかし私はその命を受けたとき、彼女を殺すか否かではなく、どうすれば生かせるかを真っ先に考えた。それほどまでに、私にとって彼女の存在は大きかったのだと。こんな状況になって始めて、気づいてしまった。

……何の罪もない彼女。この仕事をしている以上、そのような対象は何度も目にしてきたが、しかし、だからといって、どうして彼女が。だが、考えていても何も変わらない。これから、どうすべきなのか。私が出した結論は、“彼らのやり方”を使うこと。

代わりの死体を用意し、世間的に彼女を殺し、 人の目に触れない場所に閉じ込める。……私には、 そんな方法しか思いつかなかった。

「今日も、特にお変わりなかったですか」

貴女にとっては煩わしい言葉だと分かっていても、訊かずにはいられない。今日も確かに貴女が生きているのだと、確認せずにはいられない。彼女の不満を隠さない瞳が、私を貫く。さぞ私を憎く思っていることだろう。そう思い立った途端、形容し難い痛みが胸に走った。

だがこの苦しみも、彼女を失うことに比べれば、大したことはない。名前も人生も消した自分。例え死んでも、悲しむ者などいない。そんな、生きながらに死んでいるような私に、もうこれ以上失うものなどない。

……たった一つ、彼女という存在を除いては。

「……私を恨んでもらうのは、一向に構いませんが。これはあなたを守るためなんです。 どうか、それだけはご理解ください」

私は努めて無表情を取り繕い、淡々と告げた。

「…どうして、守ってくれるんですか?」

それは、私が貴女を殺す命を受けているから。
そしてそんな貴女を、私は愛してしまっているから。

そんなことを、まさか言えるはずもない。

「……それはあなたが知らなくていいことだ。あなたは何も知らずに、ただ私に守られていれば、それでいいんです」

彼女の瞳が、悲しそうに揺れる。なによりも好きだった、彼女の笑顔。最後に見たのは、いつだったか。 しかし、 それを嘆くことは許されない。それを奪ったのは、他の誰でもない、この私なのだから。

貴女への謝罪を、思いを、口に出来ない代わりに、頬に触れる、唇を重ねる、肌に触れる。この世のなによりも優しく、丁重に。何も言わずに私を受け入れる貴女に、この行為は独りよがりのものではないと。そんな、ありもしない幻想を思い描きながら。

……私が貴女に言えることがあるとしたら、ただ一つ。

─────貴女を失うことに怯える臆病な私を、どうか一生許さないでください。



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