彼に監禁されました。(鶴野裕樹)






「待たせて悪いのう。今日は名前の好きな店のたこ焼き買うてきたで」
「本当ですか?嬉しいです、ありがとうございます」
「おう。あとこれは名前に似合う思うてな、どうや?気に入ったか?」
「えっ……この前もいただいたばかりなのに悪いですよ」
「気使わんでもええんや。遠慮せんと、受け取り」
「……はい。ありがとう、ございます」

一見、普通の恋人のやり取りにも聞こえるだろうけれど。こう見えて私は彼にこの部屋から出ることを許されていない。生活に必要なものは全て与えられている。こうして食べ物も日用品も彼が買ってきてくれる。だけど、そこに私の自由はなかった。

日に日に増えていくアクセサリーやバッグ、服、靴や諸々。これらは一度も外へ連れて行ってもらえず、寂しくこの部屋で眠り続けていくのだろう。でも、彼のこの行動を強く拒むことなんて、私には出来ない。きっとこれは、外に行くことが出来ない私のため、彼なりに私を喜ばせようとしていることだろうから。そしてそもそもこの監禁生活も、すべては私のためを思ってしていることだから。

「他に何か欲しいもんないんか?なんでもええで」

なんでも。それは本当になんでも?思わず黙り込んでしまった私に、彼は何かを察したのか、顔を強張らせる。

「……ああ、俺が悪かったわ。言い直す。……外出る以外なら、俺がなんでもお前の願い叶えたる」

違う。違うよ、鶴野さん。私が本当に欲しいのは、外に出る権利なんかじゃない。私の願いは、あなたを巣食うしがらみを全部なくしてあげたいということだけ。



……あの日からどれだけ経ったのか、日付感覚が分からなくなってしまったけれど。鶴野さんに監禁される前、私は急に知らない男たちに拉致された。“カシラの女” 彼らが私をそう呼んだのを聞き、すぐに状況を把握した。拘束されて、殴られて、身体を触られて……。怖かった。なによりも、彼に迷惑をかけてしまった自分が不甲斐なくて、何も出来ない自分が悔しくて仕方がなかった。

……それからは、あまり詳しいことは分からない。いつの間にか気絶していた私が次に目を覚ましたのは、彼が用意したであろうこの部屋だった。

「名前……!!」

起きた瞬間に抱きしめてくれた彼を、何度も謝罪する彼を、私は一生忘れることができないのだろう。

「……安心しい。これからは俺が一生名前を傷つけさせん。もう二度と、あんな事は起こさせへん」

その後、彼が私と外との関わりを一切断ち切ったことで、彼の目的を察した。



「……鶴野さん、ごめんなさい」
「なんや、急にどないした?」
「鶴野さんは、私のせいで…」
「待て、それ以上は言わせへん。俺の女を悪く言うヤツは、たとえ名前でも許さんで」

本当に、この人はどこまで優しい人なんだろう。きっと彼はあの日のことにずっと囚われている。私がいなくなれば、と思ったときもあるけれど、きっとそれをしたら彼はついに壊れてしまうと思うから、どうすることもできなくて。

ああどうか、彼がいつかすべてから解放されますように。もうこれ以上、自ら私を閉じ込めながら、悲しそうな顔をする彼の姿は、見たくないから。私は今日も、見えない天に向かって祈ることしかできない。










鶴野side



極道という生き物は、どこにいようが、どう生きようが、その肩書きから逃れることはできん。そんなことはもう、何年も極道として生きてきた自分にはとっくに分かりきってることやった。せやけど、俺は情けないことにそれを甘く見とったんや。だから、自分の女を危険に晒した。

生まれてこの方悪事に手を染めたこともない、どこまでも真っ白な女やった。普通に生きれば一生極道なんぞに縁がないだろう、普通の女。それが“俺”に関わった、たったそれだけでこんな有様や。

……俺は、極道として生きることに誇りを持っとる。後悔なんぞ、一度もしたことない。せやから、そのときが初めてやった。お前が拐われたその日。俺が、極道っちゅう身の上を呪ったのは。

「がはァッ、!く、うっ、お、お願い、します…なんべんでも、謝りますんで…どうか、もう…!!」
「……。」
「ひ…、た、助け…!ア゙ァッ!!」
「……カシラ。気持ちは分かりますが、もうその辺にせんと。唯一生き残ったそいつもそろそろ死にまっせ」
「……なんや獅子堂、いつもはお前が同じ事やっとるやないか」
「死なない程度に、ですわ。カシラのそれは生かす気あるように見えへんから言っとるんです」

まさかあの獅子堂に諌められる日が来るとは思いもせんかった。が、自分の女を傷つけた男を前にして、冷静でいられる方が可笑しいやろ。

「……もうええ、興が冷めたわ」

× × ×

「……そういやカシラは、まだ姐さん閉じ込めとるんですか」
「……なんの話か分からんな」
「……もうええやないですか。奴等の組は解体させましたし、周りもカシラの女に手ぇ出したらどうなるか…今回の件でええ見本になったんとちゃいますか。そんなんで今、姐さんに手出すなんて馬鹿な真似、誰もする奴おらんでしょう」
「ああ、せやろなぁ。……けどそりゃあ、多分、恐らく……憶測の話やろ。そう甘う見てたら、また襲われるかもわからん。絶対安全以外は許されんねん」
「……さいですか。カシラがそう言うんなら、俺からはもう何も言えませんわ」

獅子堂、お前の言いたいことはよう分かる。もし立場が逆やったら、俺もお前に同じこと言うてたかもしれん。
せやけど、俺は今回の件でよう分かってしもたんや。極道から逃れることなんぞ、出来やしない。そのしがらみは、己が生きとる限り付きまとい続ける。そないな世界の中でお前を守るにはもう、 お前を一生世界から隔離するしかないんやと。

「……鶴野さん、ごめんなさい」
「なんや、急にどないした?」
「鶴野さんは、私のせいで…」

……でも、やっぱりたまに分からなくなるんや。お前のそないな顔を見る度に。ホンマに、俺のこの判断が正しいことなのか。
「……すまんのう、名前」
「……鶴野さん?」
「……俺かてホンマはこないなことしたないんや、けど」
「……わかってます。私は大丈夫ですから。いつも守ってくれてありがとうございます、鶴野さん」
「……愛しとるで、名前」
「ふふ、私もです」

俺は、どこで間違ったんやろな。
どうしたら、良かったんやろな。

なぁ、教えたってや、名前。
お前が一番幸せになるには、 どうしたらええ?




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