彼に監禁されました。(三代目 西谷誉)






広大な海の上にぽつんと聳え立つ、豪華絢爛な不夜城。その最上階は私にとって、“鍵のかかってない鳥籠” だった。

ドアも窓も開いている、一見すぐに逃げられてしまいそうなそこ。でも、私は脱出しようだなんて思うことはない。だって、そんなことをしたってすべて無駄だと知っているから。

「よぉ、大人しくしてたみてえだな」

部屋に戻ってきた鳥籠の主が笑う。まるで、私の動向を見ていたかのような口ぶり。でも、おそらく実際そうなのだろう。この地にいる限りは、彼の目の届かないところなどない。千里眼だと、彼は語る。

もしも彼から逃れたいのなら、方法はただひとつ。“彼に捕まらないこと” 。……だから、とうに彼に囚われた私にはもう、自由なんて未来はありはしないのだ。

「その首輪、相変わらずよく似合ってんなぁ。俺のセンスがいいのか、お前に才能があるのか……」

私の首につけられたソレに、彼が指で触れる。おもむろに親指でなぞられれば、無意識に身体がびくりと震え、彼が喉奥でくく、と笑った。

「今日もお前のために“色々”用意してやったよ。お前ってほんっとに愛されてるよなぁ」

まさか、と思い血の気が引いた。彼がぱちんと指を鳴らすとどこからか現れた見目麗しい召使いたちが、部屋にトランクケースを運び込み、何も発することなく去っていく。彼らが持ち込んだその中身は、いわゆる“そういう”玩具。さまざまな形状をしたそれらを見て背筋が凍った。

「この前は途中で気絶しちまったもんなぁ……コレとかどうだ?」

彼が手に取った、どのように使うかも分からない形のソレ。いままでの、思い出すのも億劫な記憶が蘇り、反射的に首を振った。

「おねがい、します……もう、ゆるして……」
「おいおい…もしかして泣いてんのか? やめろよ、まるで俺が悪者みたいじゃねえか。俺はただ、お前が愛しくて愛しくてたまらねぇだけなんだぜ?」

彼は決して、私と繋がりを持つことはなかった。 しかしその代わり、私にそういうモノを使って愛玩した。何が目的なのだろう。彼は何がしたいのだろう。私に何を求めているのだろう。

「早く堕ちてこい、名前。早く俺のモンになっちまえよ」

私はもうとっくにあなたの物だというのに、これ以上なにを捧げればいいの? わからない、あなたのことが、なにもかも。

「アイしてんぜ?名前」

海の上の鳥籠の中。思ってもいないであろう偽りの愛の言葉に、私は今日もゆらりゆらりと彷徨い揺れて、流れ着く場を探している。その先に希望なんてないだろうと、わかっているのに。











西谷side



人は、飢えを、渇きを、欲望を、満たすために生きている。それがどんな形でどんな物なのかは、人それぞれといったところだが。俺はそんな本能に忠実に生きてきた。

自分の出自に抗いたいと思ったから、戦った。もっと上に行きたいと思ったから、己の力を研鑽させた。生き様に惚れた人がいたから、ついていくことにした。その人を喜ばせたかったから、どんなことでもした。……お綺麗な部分はそんなところか。

あとは、そうだな。人を見下ろしてえから城を建てる、辛気臭え景色は見飽きたからとことん派手にする、スリルな遊びがしてえから奴隷を飼う、ヒトを掌握するのは気分がいいからモノにする。戦いてえから戦う、血が見てえから闘わせる、んで、溜まったからヤる。

世間の皆々様は馬鹿ばかりだ。したいと思ったことをすりゃいい、欲を満たせばいい。泥水血の水啜って生きてきた俺でも、満たせないものはなかった。そう、こんな俺ですらできることだ。どんな人間にもできるはずだろ?それをやれ道徳心がやれ倫理観がと、んな下らねえもんを理由にして、己の欲に見ないふりをする。この世界、見るに耐えねえ馬鹿ばっかりだ。

……でも、 そんな俺にも満たせない欲ができてしまった。“欲がほしい欲”。欲を満たし続けた結果、俺を倒せる位の腕があるモンも、挑むモンもいなくなった。俺が一言呟くだけで、大抵のモンが手に入っちまう。今やヒトの心を手にすることだって簡単だ。力と金と権力を兼ね備えた俺を前にすれば、誰もが陶酔し、俺の言いなりになる。

……あぁ、だからかな。俺がお前に、“首ったけ” なのは。

「なぁ、アンタ今暇か?」

たまたま俺が蒼天堀に戻ったとき、たまたま目について、たまたま話しかけた女。暇潰しに“こっちの”人間もモノにしてみようかと思った。……だが、そいつはいつになっても俺に靡かなかった。何を買い与えても、愛を囁く真似事もしてみても、権力をチラつかせても、お前は少しも揺らがなかった。だから、手っ取り早く俺は俺の欲を満たそうと、お前をキャッスルに連れ込んだ。

でも結局、俺の渇きが癒えることはなかった。それは、お前自身が俺のモノになっても、お前の心はお前のモノだったから。試しに首輪を嵌めてみたりもしたが、やっぱりだめだった。お前の身だけでなく、心も。お前のすべてが欲しかった。

「もう、ゆるして……」

なら、早く俺を求めろ、俺を欲しがれ。

「早く堕ちてこい、名前。早く俺のモンになっちまえよ」

こんだけ焦らされたんだ、そんなお前をモノにした瞬間は、さぞ大きな快感が得られるに違いない。

「アイしてんぜ?名前」

そのためなら、思ってもねえことだって言ってやるよ。

……だって、なあ?
俺のお前に対するこの感情は、“愛”なんて陳腐な言葉で表せる代物じゃねえだろ?
際限のねえ渇き、それが俺にとってのお前。そんな人間、お前が初めてだよ。

だから精々、俺を失望させないでくれよ?

俺はお前を組み敷いて、くく、と再び喉を鳴らし、愉悦を隠さず笑ってやった。




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