君に捧げる贈り物

🎂 君に捧げる贈り物

夕食も終わり、一息着く時間帯。私は次の作戦を必死で考えていた。今日は昔からずっと想いを寄せていた相手の、関係が変わってから、つまるところ恋人、となって迎える初めてのお誕生日であった。

ソファの上から、ラグの上で五線譜を辺り一面に広げた張本人。見慣れた黄昏色を見つめる。彼は「サナと誕生日のうた〜」などといって夕食が終わり次第早々と一心不乱にガリガリとその真っ白な譜面に今も音を刻んでいる。私はその後ろ姿を眺めながらぼんやりと今日と今日までに至るまでの日々を思い出していた。もう一度繰り返すが、長年片想いしていた相手との初めてのお誕生日。それもお家で。それはもう緊張もするし気合も入る。当然練習も本番も色々あった……

塩と砂糖を間違えるというなんとも初歩的なミスをしたり、(念の為予備を多めに買っておいた為直ぐに作り直した)部屋の飾り付けの際には風船を派手に割ってしまったり、(彼は隣の部屋にいたが運良くあちらにトリップしていたのかこちらに気づく気配はなかった。このまま知らないでいてほしい)、うっかり花束のサイズを間違えて出会い頭早々にバレてしまったり(この一連の流れについては恥ずかしいので忘れてほしい)まぁ本当に色々あったけども。ともかく、今のところ順調だとは思う。

準備が終わり、部屋を暗くして、二日かけて自ら作り上げたケーキに火を灯すための準備を終える。隣の部屋にノックをし彼の名を呼んだ。その時には既に作業を終えていたのかすぐにドアからひょっこりと彼が顔を出す。「もう準備終わったのかっ?」と尋ねる彼の顔は気の所為かもしれないがいつもより幾分か瞳をキラキラと輝かせるので、その期待に一瞬うっ、と言葉が詰まった。

(ま、まぶしい……)

準備が終わったのは本当の事だったので、「終わったよ」と伝え、ドアの前まで移動をしてそこで立ち止まった。突然立ち止まった私に対し彼が?マークを頭に浮かべたので「…目、瞑ってて。お願い」と囁いた。彼が了承したのを確認し、パタパタと中へ入る。蝋燭に火を灯し、ドアを開き、お誕生日のあの特別な歌を歌う。その音で気づいたのか、ゆっくりと彼の目が開いていく。最後のワンフレーズまで歌い終えると、お決まりの大切な言葉を告げる

「レオくん、お誕生日おめでとう!生まれてきてくれてありがとう」

「……!ありがとうっ、だいすきだっ」

その言葉と共に一気にフゥっと、火が消えた。

ここで現在に戻る。今のところお誕生日は順調だ。だがしかし、私には今日前々から決めていた重大ミッションが未だに残っている。密かにぐっと、握りこぶしを作り決意を固める。そうだ、今日こそは。

(今日こそは、私からすきって伝える……!)

思い返すと、彼からは好きだ、愛してると日頃から伝えてくれることは多くあれどそれに対し私から彼に好きだ、と伝えたのは告白の日以来一度もなかった。勿論日頃からすきと伝えたいとは思っているのだがいかんせん照れや恥ずかしさが勝ってしまいなかなか素直になれずにいた。そんな中でのお誕生日、必ずすきって伝える…!と硬い決意をし今日まで過ごしてきたのだった。

再び彼の方をみると、鼻歌交じりに音を刻みながら足をパタパタ揺らす姿はご機嫌なようにみえる。チャンスなら間違いなく今だ、きっとこの今の勇気を逃したらまた伝える機会を逃してしまう。

すぅ、と小さく息を吸う。さりげなく、そうさりげなく、そう何度も頭の中で繰り返し口を開いた。

「…れ、レオくん、お話があります」

(さ、さりげなくとはーー?!)

人間あまりにも意識しすぎると反対の行動を取ってしまうらしい。明らかに固い声で、彼の事を呼ぶと彼はパタパタと動かしていた足を止め、こちらを振り返った。

「おっ、どうしたんだー?なんかあった?っていうか何でソファで正座っ?!面白いからいいけどっ」

こちらに近づいてきた彼は私の姿を見て、どこかツボに入ったのかケラケラと笑っていた。そのまま「それも霊感湧きそうだな…!」なんていって彼も向かい合うようにして正座をしたので完全にシュールな空間の出来上がりだ。

一方私はというと、混乱中である。更に言いづらい雰囲気…!思わず正座をしてしまったのも完全に無意識だったし、自身でも相当混乱しているのが分かるレベルだ。すき…たった一言である。脳内で何度も予行練習を重ねたのにいざ口から出そうとすると、何だか言葉が喉に張り付いてしまったようにでてこない。

あまりにも私が固まったま動こうとしないから、彼が「サナ?」
と名前を呼んだ。

…それでも、惜しみなく愛してる大好きだと日頃から伝えてくれる彼の言葉が嬉しいんだ。だから、今日はどんなことでも素直になろうと決めていた。レオくん、と勇気を振り絞りもう一度名前を呼ぶとサナと、名前を呼び返してくれた。その表情がやわらかくて、まるで特別なものを見るかのような目であったいから私はあんなに勇気が必要だった言葉が嘘のようにするりと零れた

「レオくん、だいすきだよ」

震える中で何とか伝えた囁くような小さな声。そのまま、身を乗りだすように頬を手で寄せそっと唇にそれを重ねた。

パチリ、と目を開く彼の瞳がこぼれんばかりに開いて、同時に頬がだんだんと赤くなっていく。 滅多に見ることのないその姿につられて私の頬まで染まる。

言葉というのは、一度出てくると案外止まらないらしい。

「レオくんが笑ってくれるのがいちばん嬉しい」「レオくんのこともレオくんの歌も全部全部すき」「本当は…」

ポロポロと言葉を零す彼が待って!と制止する。その真っ赤な顔が何だか本気で私のことを想っていてくれるようだったから最後の言葉をもう一度伝える。

「本当は、この先もずっと、ずっと一緒にいたい」

手が震える。ずっと、なんて容易には言えない言葉だ。だからどんなに思っていても言葉にしようなんて決して思わなかったのに。

やがて、震える手をそっと自分よりほんの少し冷たい手のひらが包んだ

「今日は一日ありがとうっ。おれのために一生懸命頑張ってくれてたの知ってたし本当に楽しかったぞ!ケーキもハンバーグも美味しかったし!最っ高の一日だったっ。」

「今日一日で新曲も沢山できたしな〜」と告げる彼の奥には先程の楽譜の山。楽しそうに笑う顔に思わず強ばっていた顔が緩む。私のその表情を見て、そのままクスリと笑った彼がこちらに手を伸ばす。ゆっくりと近づいてきた手はそっと頬を撫でるようにして、下がってきたかと思うと先程の私と同じように頬に手を添えられ唇が重なった。












「……おれもずっと一緒にいたいよ、サナ」