君とワルツを

辺りはもう真っ暗だった 予定より遅くなってしまった事に焦りながらも必死で走っていたが 折角彼に会えるからと奮発して買ったヒールが悪かった 。少し高めのヒールは当たり前だが走るのなんて向いていなく 、無我夢中で前を見続け走っていたら転んだのだ それも結構ガッツリと。しかもその目的の彼が見える位置で。

そんな彼はというと、パチリと零れそうな程大きなエメラルドでこちらを見つめた後素早く駆け寄ってきた

「死にたい……」
「わははっ 相変わらずだな? 元気だったかー?」
“うっちゅーっ” と、お得意の挨拶を欠かさない所は相変わらずだった。 私の手を引いて起き上がらせてくれた彼の快活そうな笑顔は少しも変わらないけれど橙色のよく澄んだ髪は会わなかった時間をどうしても感じてしまって少しだけ私の心を動揺させた

(落ち着け……まだまだ取り返せる……)

先程の失敗を忘れるようおおきく頭を振り、深呼吸を繰り返す

「レオくん、久しぶり……お誕生日おめでとう! これ、プレゼントだよ」
手元にあった紙袋は転んだ時にも潰れなかったようで内心安堵する 渡す前に崩れるなんて本末転倒だ
「おぉっありがとう〜っ ……ん?これ花束か?」
彼に贈った花束だった。これは私なりの理由があって決めたものだけど黄.赤.オレンジの鮮やかな色が綺麗で印象的なものだったので彼も気に入ってくれるかな……と内心期待したのも事実だ

「カラフルなものを見てると霊感が刺激されるな……!?もう一曲できちゃったかも」
嬉しそうに笑ってくれる彼を見て内心安堵していると 彼は早速と言わんばかりにふんふんと鼻歌を口ずさむはじめた。優美できらびやかな曲はテンポよく刻まれるリズムが心地よい 音楽に身を委ね、そっと目を瞑ろうとした時だった

「よしっ踊ろう!! 」
「お、おどる……?」

唐突に彼から発せられたのは思いも寄らない言葉で私は二度繰り返した
「踊る!?」
「そうだっ、踊ろう☆」
突然の事に驚く私とは反対に彼は今にも踊りだしそうなくらい楽しそうだ
そんな様子を見ていたら思わず承諾したくなってしまう
「俺のお姫様 、俺と踊ってくれませんかか?」
ふっと優しく笑うとそっと私の手をとり、手の甲に軽く口付けた
彼のこういう騎士のような大人びた表情や態度はごく稀で稀に見る真剣そうな彼の表情に私は大層弱くて毎度やられてしまう

彼は相変わらずじっと私の目を見つめ、反応を伺っているようだった

心臓がうるさいし どうしようもない それでもやられっぱなしなのは気に食わなくて 、微笑み返した
「……私でよければ」
彼の手を取った指先は緊張で冷たくなっていたし、若干震えていた。チラ、と彼の目線が一瞬手元に落ちた気がしたけれどすぐに彼は先ほどのメロディーを口ずさむながらステップを踏み始めた

彼の泊まるホテルのすぐ側の公園。当たり前だが、こんな時間のこんな場所に人一人いるはずがないのに、まるで舞踏会のようなきらびやかな場にいるような気持ちに包まれるようだ

すぐ側の体温さえ感じられる距離にいる彼を見つめる 音楽に身を委ね、ステップを踏み優しくてそれでいて力強さも感じる彼にリードされると私でさえ、上手く踊れるような気がして楽しい。それは彼も一緒だったのかステップを踏む足はより軽やかになりはじめた

「なぁ、サナ 楽しいなっ やっぱり音楽は最高だ ! 」
弾けるような笑顔と言葉

(あぁ、好きだ)
こういう何気ない瞬間を見つける度やっぱり私は、この男のことがどうしようもなく好きで焦がれていると改めて分かってしまうのだ

伝えられない言葉や想いはどうすればいいのだろう 触れた体温から全て全てこの想いが君に届けばいいのに。せめて、もう少しだけその体温を感じたかったから

「もう一曲、踊りませんか?」