夢か魔法か?

「Merry X'mas!わははっ、ギリギリセーフか〜?さすがおれ!やればできる子っ」

もうあと数分で夜が明けるという時間。ここ数日、よく聞いていた音が鳴り響いていたものだから、思わず反射的にボタンを押してしまって聞こえた第一声がこれである。

「……えっと」

とりあえずこの電話の通話先を確認する、いやもう確認するまでもなくこんな時間帯に予告もなく電話をかけてくる人物など、一人しか思い浮かばないのだけれど。

案の定、画面に表示されていた名前は 「月永 さん」。何故名字登録なのかと言われれば理由は単純 、これを登録した頃はしばらくずっとこんな風に呼んでいたからだ。今でこそ下の名前で呼んでいるが、そもそも本来は4歳彼の方が歳上であるしこの呼び名は随分長く呼んでいたように思う。そろそろ名前を変えようか、などと若干脱線し始めた頃 「お〜い」と彼の声が聞こえ現実に意識が引き戻される

「さてはまたおれから電話かかってくるなんて、槍でも降るのか!とでも言いたいんだろっ!!やれやれ、おれのことをなんだと思ってるんだか」

「ウッ……それはあの……ごめんね」

随分昔の事を引き出され、思わず電話越しで相手に顔が見えていないというのに、謝るべき瞬間でもあるのに、つい頬が緩んだ。彼は別に電子端末を使えないという事ではないのだが、しょっちゅう無くし物をする。そのため基本的に彼から突然連絡が途絶える事はそんなに珍しいものでもなく、ポロリとうっかり言ってしまった言葉だ。彼がその何気なく過ぎた日常の一コマを覚えていたことにどうしようもなく嬉しくなってしまった。それにまさか

「…今日電話くれると思わなかった。夜までお仕事だって聞いてたし。新曲の打ち合わせじゃなかったの?」

「ふふんっ、リテイクなしの一発オッケーもらったからなっ、今回のも名曲だぞ」

電話越しに弾んだ声が聞こえて、私も笑ってしまう。彼がそう豪語するくらいだ、また素晴らしいものができたに違いない。音楽の話をする時の彼はいつも楽しげで私はその時の彼を見るのが実はかなり好きだということは、彼には秘密だ。

「あっ!!サナに言わなきゃって思って連絡したんだった」
「?なんかあった?」

「サナが欲しいっ」
「…………はい?」

ごめん。ちょっと理解が追いつかない。彼の事が分かってきたなんて到底甘い考えだった。やはり彼は予測不可能な男である。私には到底理解できない。

「世は恋人がサンタクロースだって言うだろっ、名曲の力はやっぱり絶大だよな〜あっという間に人の心を掴むっ」

「こ、恋人……」

大好きな人からの恋人呼ばわりに思わず照れてしまった。友人の関係が長かったせいか未だに慣れないのだ。

「だからさ、今年はサナにサナをもらおうと思って!なっ、お願い」

……つまり?

「あ〜〜〜!!お願い事したいってこと!?」

やっと納得のいく答えが見つかり、脳がスッキリする。前言撤回だ、少しくらいは彼について学習していると思いたい。それにしても、

「…私もうレオくんのものじゃない…?」
自分でいうのこれ、相当恥ずかしくないか……上擦った声がでて穴に埋まりたくなった。そんな事ないと思ってたとか言われたらかなりショックを受けそうだ

「……。う〜〜っ、それはそうなんだけど、違うんだよ、もっとグワッと!!全部ほしいっ」

「あげる。」

頭で考えるより先に声が出た。でも迷いなどはない、こんなの付き合う前からずっとずっと思ってた。

「…すこし、とか全部とか正直わかんないけど……全部あげる。私がいて、少しでもレオくんが幸せになるなら笑ってくれるならなんだってあげたいって、ずっと思ってた」

クリスマスだから、と自分に言い聞かせるように日頃から言えなかった気持ち事全部打ち明けた。秘密のことを打ち明けるように、そっと。

「だいすきだよ」

照れくさくて素直になれなくていつもは言えない。でもいつだってずっとそう思っている

瞬間、電話越しに彼の笑い声が響く。突然のことに思わずビクッと肩を揺らした

「サナのこと抱きしめちゃいたいって思った。」
「あ、え…?」

「サナ、おまえに、サナだけにたっくさんの時間をかけて唯一無二の曲を作るよ、だからサナも笑っててくれ。それが、おれの1番のインスピレーションの源だから」

楽しむような声から一変して急に、真剣な声で話されて最後に電話越しにクスッとした笑い声が聞こえた。大きく心臓が跳ねて、鼓動が止まらない。これは夢か何かだろうか?

「レオくん……ひえっ」

突然、ずるっと腰がぬけるように、崩れ落ちた。いや、そんな少女漫画でもないのに。でもあの破壊力はやばい。それより待ってタイミング。え?

「……サナ?」
「崩れ落ちた」

今度は響くような笑い声ではなく、空気が漏れるような押し殺した笑い声のようなものが聞こえる。あぁ、笑われてる。

「サナもなかなか予測できないことするよなっ、いいないいな。お前といたらいつでも刺激が沢山だ」
「……うぅ」

さっきまでのムードは一体どこに。すっかり楽しそうに笑う彼の声を聞けるのは嬉しいけど、私、遊ばれてないか。

「……ふぅ。よしまぁそれはともかく約束は絶対な♪ 戦は戦術も大事だしな〜〜じゃあ楽しみにしてるぞ!おやすみ。」

その瞬間ブツっと通話が切れ、手元からはツーツーと無機質な機械音が響いた。

「……戦?」

なにやら最後若干物騒な事が聞こえたが、そして楽しみとは何事だ?

脳内には?マークばかり浮かぶが、手元の携帯を覗いてももはやただ真っ暗なだけだ。

また近いうちになにかありそう。予測できない彼に振り回され続けているが、それは案外きっと悪いものじゃないだろう