不確かな愛だけどside Leo

 

(うーっ……何だこの感じ……)
目の前の自分の肩ですっかり眠りこけている彼女から感じるのは絶対的安心と信頼だ。例えるなら、あれだ。安易な例えはあんまり好まないけどっ!サナがこないだおれにいったあれ。

(警戒心がすごかった猫がようやく人に懐いたみたいな…)

出会った頃、おれを見かける度に、すぐに飛び退くようにして逃げ回っていた頃を思い出す。本人曰く元来自分は人見知りな上出会った次の日から姿を見かける度こちらにやってくるおれのことを若干警戒していたらしいが 、現在スヤスヤと小さな寝息をたててこちらに身を任せる彼女からは出会ったばかりのあの警戒心は一ミリも感じられない。それは素直に喜ばしい。

でも嬉しいはずなのに、こう、全く警戒されないというのもどうなのだろうか、どこか小さなモヤモヤ拭えない。

感情のままに寄りかかっていない反対の手で髪を掻き唸っているとグッスリ眠っていた彼女が「ん……」と小さく身動ぎしてやがてダークブラウンの瞳がパチリと開いた。

「…おはよう……えと、邪魔してごめんね?」
目を覚ました彼女はまだ半分も目が開かないのか、右手で目を擦りながらそっと体温が離れていく。嫌だ、と思った。
「待って!」

思わず右手を勢いよく掴むと彼女は困った顔をする。
「……作曲終わったら戻ってくるけど…?」
これは恐らく作曲中だしほっといた方がいいだろう、という気遣いだ。実際霊感が溢れて止まらなくなりあちらの世界へすっかりダイブしてしまう時は、こちら側に関しては気にしてられないし邪魔をするようなものなら「あっちいってて!」だの 「今、忙しいからむりっ」だの彼女に関わらず身近な人には多々言ってしまう。自覚はあるが、どうしてもこの霊感をつなぎ止めたい、音にしたいという気持ちが勝ってしまうのだ。

(何て言葉にしたらいいんだっ?あぁっ、もうこういう時言語は不自由だ!曲でならすぐ表せるのに!)

なんとか言葉を紡ごうと焦れば焦るほど上手な言葉は浮かばず思わず手に込める力が強くなる。すると、じっとこちらの様子を見ていた彼女がスルリとこちら側に手を伸ばしてきて、掴んでいた手の上からそっと反対の手を重ねた。

「私、そばにいるよ」

「…………」

そう強く言い切ると真っ直ぐおれの瞳を見つめてくる。おれはというと、突然の事にすぐ反応できず、ポカンとしていた。

一瞬の沈黙。やがて、漸く自分の発言の大きさに気づいたのか白い肌がじわじわとリンゴのように染まっていく。

「これは違っ、くはないけど…え、と。その……」

彼女は基本的にしっかり考えて動いているようで、その実突然思いがけない動きをとったりする。っていうか、違くないって言っちゃってるし。いつの間にか胸の中にあったモヤモヤは消え、気がつくと口元が緩んでいた。

また距離を取るように手の平が離れたが今度こそ、その体をギュッと強く抱きしめ言葉にした

「サナ、好きだ」

腕の中でビクッと体が大きく揺れる。チラリと見上げた顔は相変わらず真っ赤なままだったが、目があった瞬間勢いよく顔を埋めるように隠されてしまった。その代わり返事かのようにそっと背中に腕が回された。

この距離は別に珍しくはない。ただ、今日はやけに意識をしてしまい心臓の音が早くなる。

 (まるで、音楽みたいだ。)

「……こうしてると音が重なって、一つの歌みたい…」

何気なく呟いた彼女の小さなその言葉を聞いた瞬間、カチリ、とまるで探していたピースが重なったような感覚があった。彼女にもこの重なった音が聞こえてたのだろうか。途端胸が擽られるような暖かい気持ちに駆られチカチカ、と頭の中の星が光る。霊感だ。頭の中を巡るそれは、どうにも甘ったるくて、それでいて心地よい。

今すぐこれを形にしてしまいたい……

視界の端でつい紙とペンを探していると、モゾモゾと動くおれをみて何かを察したのか、今度はくすくすと笑い声が響く。腕の中から抜け出しどこかへ向かったかと思うと、その手にはよく見た五線譜とペンが収まっていた。

「レオくんの音、聞かせて。」
  
はい、と慣れた様子でそれらを手渡すと、花が開いたように今日1番の笑顔を見せた

あぁ、その顔が本当に。

「わははっ……お望み通りに。必ず最高傑作にしてやるからなっ」
許しを乞うように、流れるような動作でそっと前髪をかきあげ額にキスをした。瞬間彼女は一瞬瞳を揺らしたものの「知ってる」と笑う。

これは不器用で情けない不確かな二人のたぶん、愛の曲。

まだ心臓の音は止まない。